八戸はちのへ)” の例文
わずかに残った記憶の中を捜すと、男鹿の突角の高地、八戸はちのへの後ろの山、津軽の十三潟じゅうさんがたの出口の野などでは、無数の蝦夷菊えぞぎくの野生を見た。
雪国の春 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
小さい竹行李で二重編のものは特に上等であります。販路は北の県境を越えて青森県の八戸はちのへあたりにまで及びますが、南の宮城県には届きません。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
表には、勢のよい筆太の〆が殆んど全體に書かれて、下に見覺えのある亂暴な字體で、薄墨のあやなくにじんだ『八戸はちのへニテ、朱雲』の六字。日附はない。
雲は天才である (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
青森県上北郡三沢村、石場寅次郎の母は、同県八戸はちのへ町石場亀吉の母とともに、写真師を招き相並びて撮影せしに、不思議なるかな、二人の姿の間にありありと現れたる姿あり。
おばけの正体 (新字新仮名) / 井上円了(著)
また陸奥国むつのくに八戸はちのへの城主南部なんぶ遠江守とうとうみのかみ信順のぶゆきと越前国鯖江さばえの城主間部まなべ下総守詮勝あきかつとから五人扶持ずつの俸を受けていた。しかし躋寿館においても、家塾においても、大抵養子竹逕ちくけいが代講をしていたのである。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
八戸はちのへの生れだが、恐山に修行していた」
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
八戸はちのへのイタコなどの記憶する雀燕の歌物語は、まだ仔細には聴取ききとっていないが、主として鳥類のかつて人であった時の事を説くというから
一方の南部系の「菱刺」は、七戸しちのへから八戸はちのへあたりに栄えたもので、これはわずかながらなお続いております。この地方は今も丈夫な麻布を産します。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
表には、勢のよい筆太のしめが殆んど全体に書かれて、下に見覚えのある乱暴な字体で、薄墨のあやなくにじんだ『八戸はちのへニテ、朱雲』の六字。日附はない。
雲は天才である (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
近頃私の聞いた青森県八戸はちのへ附近の口碑に、山鳩やまばとの啼く声はテデコーケー、即ち「父よ粉を食え」と啼くのだという話がある。
石本俊吉は今八戸はちのへ(青森縣三戸さんのへ郡)から來た。然し故郷はズット南の靜岡縣である。土地で中等の生活をして居る農家に生れて、兄が一人妹が一人あつた。
雲は天才である (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
一戸いちのへや福岡あたりの荒物屋を訪うと、面白い方言で色々とこれらの竹細工を扱うのを見るであろう。八戸はちのへあたりにも販路が広がり盛岡や日詰ひづめの町々にも出る。
陸中雑記 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
青森県の八戸はちのへ地方で、同じく神に供えるナマストギも是である。人は今日では煮るか焼くかして食う故に、とくにこれを生のシトギというのである。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
様々な布が交るので、しばしば美しいいろどりを示し、白雪一色の冬の暮しを温めてくれます。陸中ではとりわけこの裂織が盛で、特に七戸しちのへ八戸はちのへ地方に多く見受けます。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
八戸はちのへ君が應じた。
菊池君 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
全国の呼び方を集めてみると、宮古みやこ八戸はちのへあたりの僅かな太平洋側の沿海だけに、陸から海に向けて吹く風を、アイとっている地帯があるように思う。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
八戸はちのへ附近の烏喚びの言葉は、ロウロウというのがもっとも多いが、家によってはまたシナイシナイ、シナイローというものもあり、あるいはただカアカアという人もある。
この柿はあるいは渋柿のよく熟したのを、この方法によって甘くするのかと思われるが、奥州八戸はちのへ附近でいう漬柿は、ミョウタンなどという木ざわしの柿が多く用いられる。
食料名彙 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
北に進んで外南部まで出ると、不思議に白樺の樹が影を見せないが、この樺皮かばかわの話もちょうどその辺から、知らぬ老人がだんだん多くなる。八戸はちのへぐらいが堺のように思われた。
雪国の春 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
数年前に私の家のオシラ様を遊ばせに、奥州の八戸はちのへから来てくれた石橋おさだというイタコは、何がすきかと聴いたら煙草だと即座に答えた。この女は十五の年にはもう煙草を吸っていた。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
八戸はちのへ市の郷土史家小井川潤次郎君などが、久しくこの問題に注意しているが、外南部一帯のかなり弘い区域では、このオシラ遊びの式日は、正月を加えて年に三度、もしくは三月九月の十六日
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
奥羽の八戸はちのへあたりでカッケというのも、名前の起こりは同じであろう。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
つまり臭気ある物をもって、鬼を追い返そうという目的に出たのである。八戸はちのへなどでいうエンブリを、この辺では仙台などと同じに田植といっている。十五、六日の二日、幾群れともなく廻ってきた。
雪国の春 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
サシドリ 南部八戸はちのへ