人眼ひとめ)” の例文
無学な漁夫と税吏みつぎとり娼婦しょうふとに囲繞いにょうされた、人眼ひとめに遠いその三十三年の生涯にあって、彼は比類なく深く善い愛の所有者であり使役者であった。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
あの沢山の人眼ひとめの中を練りながら、その腹の中の人間を殺せようとは誰も考えつかない。行燈下の手暗がり。そこを狙ってやったことなんです。
身をもってやり通そうと誓ってやって来た年来の実行も、まだ人眼ひとめから見れば、やり足りていなかった。——そうだ、これからも、身をもって信念を実行に示してゆく。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
これが西洋物だと、何か洒落たことをいいながら、人眼ひとめもなく抱きつく。キッスする。いともはなやかなる場面だが、たしなみの深かった昔の日本人だから、そうは行かない。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
幸いあたりに睡る博士のほかに人はなし、秘密の研究室は自分の外に人眼ひとめというものがない。
……だがまた何んだかなつかしい、恋しい思いの湧き起こるのは不思議じゃないか、丁度人眼ひとめを忍んで媾曳あいびきする夜の、罪と喜びとのけ合った、その恋しさがこの歌の調子に似ているぞえ。
レモンの花の咲く丘へ (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
その隣は娘のおえんの部屋になって居りますが、お艶は朝から取込みで、階下の両親の部屋に逃避して居り、此辺は家中でも一番人眼ひとめうといところで、下女のお六の達者さでも、不意を喰っては
人眼ひとめに立つようになってからでは奉公人の口がうるさい今のうちならとかくつくろう道もあろうと父親にも知らせずそっと当人にたずねるとそんな覚えはさらさらないと云う深くも追及しかねるのでに落ちないながら一箇月いっかげつほど捨てておくうちにもはや事実を
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)