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はしりゆ
今は「風吹くな、なあ吹くな」と優き声の
宥むる者無きより、
憤をも増したるやうに
飾竹を
吹靡けつつ、
乾びたる葉を
粗なげに鳴して、
吼えては
走行き、狂ひては引返し
悪心むらむらと
起り、介抱もせず、呼びも
活けで、
故と
灯火を
微にし、「かくては
誰が眼にも……」と
北叟笑みつゝ、
忍やかに
立出で、
主人の
閨に
走行きて、
酔臥したるを
揺覚まし
庚午、皇子大津を
訳語田の
舎に
賜死らしむ。時に年廿四。
妃皇女山辺、
髪を
被し
徒跣にして、
奔赴きて
殉ぬ。見る
者皆
歔欷く。皇子大津は
天渟中原瀛真人天皇(天武天皇)の第三
子なり。