“達(たつし)” の例文
下(しも)に「翌廿三日出勤番入仕候」と書き足してある。今届と云ふ代に、当時達(たつし)と云つたものと見える。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
蒙り駿(すん)遠(ゑん)三尾(び)濃(のう)四ヶ國巡見として罷越し駿州吉原宿泊(とまり)の節長門守殿御領分(りやうぶん)水呑村名主九助妻節(せつ)并に駿州島田宿藤八と申者愁訴(しうそ)の趣き吟味に及び候所再應(さいおう)糺明(きうめい)の筋有之に付右の段江戸表御老中方へ縫殿頭より御屆けに及び右節藤八とも差立(さしたて)相成候間本人九助并に九郎兵衞夫婦下伊呂村々役人其外掛合(かゝりあひ)の者一同勘定奉行兼郡奉行松本理左衞門始め掛り役人殘らず江戸表へ早々差出し三番町松平縫殿頭屋敷迄相送(あひおく)らるべく旨申入候樣(やう)縫殿頭申付候之に依て此段御達(たつし)に及び候以上
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)