通過とおりす)” の例文
わたくしはその仕事をすましてからの帰途、ぶらぶら公園を通過とおりすぎて、ふと池のふちに立っているオペラ館の楽屋口へ這入はいって見たのだ。
勲章 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
それらの或者は、お島のあとからまつわり着いて来そうな調子で恵みを強請ねだった。お島はどうかすると、蟇口を開けて、銭を投げつつ急いで通過とおりすぎた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
枯茎に残った渋い紫の小さな茄子が、眉をたたき耳を打つつぶての如く目を遮るとばかりのひまに、婦の姿は通過とおりすぎた。
遺稿:02 遺稿 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
よいの為に上気はしていたけれど、それ故に一層魅力を加えた、この美貌の青年は、私の夫であるという、異様な観念が、私の頭をかすめて通過とおりすぎたのである。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
漸々ようよう二人が近寄ってつい通過とおりすぎる途端、私は思わずその煙草たばこを一服強く吸った拍子に、その火でその人の横顔を一寸ちょいと見ると驚いた、その蒼褪あおざめた顔といったら、到底とうてい人間の顔とは思われない
青銅鬼 (新字新仮名) / 柳川春葉(著)
やがて師匠のうちに曲る横町も通過とおりすぎて、花園橋の上に茫然ぼうぜんと立っていたのだ。
死神 (新字新仮名) / 岡崎雪声(著)
ここぞと、心もこげつくような、紅梅焼の前を通過とおりすぎて、左側、銀花堂といいましたか、花簪はなかんざしの前あたりで、何心なく振向くと、つい其処、ついうしろに、ああ、あの、その艶麗えんれいな。
菊あわせ (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
種彦を先に種員と仙果は雷門を這入はいって足早に立並ぶ数珠屋じゅずやの店先を通過とおりす二十軒茶屋にじっけんぢゃやの前を歩いて行ったが、いつも五月蠅うるさいほどに客を呼ぶ女どもはやがて仁王門を這入った楊子店ようじみせも同じ事で
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
橋に噛りついた男が居るのに、そのカラコロの調子一つ乱さないで、やがてすまして通過とおりすぎますのを、さあ、鬼か、魔か、と事も大層に聞こえましょうけれども、まったく、そんな気がいたしましてな
遺稿:02 遺稿 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
若き娘にさちあれと、餅屋の前を通過とおりすぎつつ
雛がたり (新字新仮名) / 泉鏡花(著)