しとね)” の例文
声をかけて見ようと思う、嫗は小屋で暗いから、ほかの一人はそこへと見るに、たれも無し、月を肩なる、山の裾、蘆をしとねの寝姿のみ。
悪獣篇 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ところが、一閣の室に通されて見ると、この寒いのに、暖炉の備えもなくとうの上にしとねも敷いてなかった。
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼は十五の少年の驚くまでに大人びたるおのれを見て、その着たるきぬを見て、その坐れるしとねを見て、やがて美き宮と共にこの家のぬしとなるべきその身を思ひて、そぞろに涙を催せり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
今日はまた珍客の入来じゅらいとて、朝まだきの床の中より用意に急がしく、それ庭を掃けしとねを出せ、銀穂屋ぎんぼや付きの手炉てあぶりに、一閑釣瓶いっかんつるべの煙草盆、床には御自慢の探幽たんゆうが、和歌の三夕これを見てくれの三幅対
書記官 (新字新仮名) / 川上眉山(著)
その裲襠、帯、小袖のあやにしき。腰元のよそおいの、藤、つつじ、あやめと咲きかさなった中に、きらきらと玉虫の、金高蒔絵きんだかまきえ膳椀ぜんわんが透いて、緞子どんすしとね大揚羽おおあげはの蝶のように対に並んだ。
雪柳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
手の甲の血をひつつ富山は不快なる面色おももちしてまうけの席に着きぬ。かねて用意したれば、海老茶えびちや紋縮緬もんちりめんしとねかたはら七宝焼しちほうやき小判形こばんがた大手炉おほてあぶりを置きて、蒔絵まきゑ吸物膳すひものぜんをさへ据ゑたるなり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
一時ひとしきりさむさ太甚はなはだしきを覚えて、彼は時計より目を放つとともに起ちて、火鉢の対面むかふなる貫一がしとねの上に座を移せり。こは彼の手に縫ひしを貫一の常に敷くなり、貫一の敷くをば今夜彼の敷くなり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)