行脚僧あんぎゃそう)” の例文
水戸藩へはまた秘密な勅旨が下った、その使者が幕府の厳重な探偵たんていを避けるため、行脚僧あんぎゃそうに姿を変えてこの東海道を通ったという流言なぞも伝わって来る。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
われらが西京より近江おうみに出でて有名なる三井寺に詣ずる途中、今しも琵琶湖びわこぎ出る舟に一個の気高き行脚僧あんぎゃそうを見き、われらが彼を認めし時は、舟すでに岸を離れてありき
空家 (新字新仮名) / 宮崎湖処子(著)
それから最近の事件では、若い行脚僧あんぎゃそうがそれを見たので、娘の父が憤って、熊猟に用いる槍で突殺つきころしたともいう。その死骸はいずれも炭焼がまに入れて灰にしてしまうのが例とやら。
壁の眼の怪 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
旅行は近世人もよくしているけれども、この人たちの旅行法はよほど行脚僧あんぎゃそうに近く、日限も旅程も至って悠長ゆうちょうで、且つかなりの困苦にえ、素朴な生活に親しんでいたらしいのである。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
鉱山かなやまがよいの金商人かねあきんどだの、但馬たじま越えの糸屋だの行脚僧あんぎゃそうなどだのが、ひとしきり母屋おもやでさわいでいたが、思い思いに寝入ったらしく、ともしは母屋を離れた狭苦しい一棟にしか残っていなかった。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
インドの方から来た行脚僧あんぎゃそうがあって自分から孝廉の家へ出かけていって、その病気を癒すことができるといったが、ただそれには男子の胸の肉を一切れ用いて薬を調合しなくてはならなかった。
連城 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
網代笠あじろがさにかくされて、そうのおもざしはうかがいようもないが、まるぐけのひもをむすんだ口もとの色白く、どこか凛々りりしいその行脚僧あんぎゃそうは、ころものそででをよけながら、ジイッとやいばをみつめていたが
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ズルズルとすべり落ちたが、まだしょうこりもなく起きあがって、いまの仕返しかえしをする気でいると、ひとりとおもった旅僧のほかに、まだ同じすがたの行脚僧あんぎゃそうがふたり、すぐそこにたたずんでいたので
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)