菫花すみれ)” の例文
「われはその菫花すみれうりなり。君がなさけむくいはかくこそ。」少女は卓越たくごしに伸びあがりて、うつむきゐたる巨勢がかしらを、ひら手にて抑へ、そのぬか接吻せっぷんしつ。
うたかたの記 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
かくはかなき身と生れても、流石さすがよそほひ飾る心をば持ちたるにや、髮平かに結ひ上げて、一束の菫花すみれを揷せるが、額の上に垂れ掛れり。われそのかたちを窺ふに、羞慙しうざんあり、慧巧けいかうあり。
これは日頃主人が非常に愛翫あいがんしておった菫花すみれの模様の着いた永楽えいらくの猪口で、太郎坊太郎坊と主人が呼んでいたところのものであった。アッとあきれて夫婦はしばし無言のまま顔を見合せた。
太郎坊 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
あくる年の一月、謝肉祭の頃なりき、家財衣類なども売尽して、日々のけぶりも立てかぬるやうになりしかば、貧しき子供の群に入りてわれも菫花すみれ売ることを覚えつ。
うたかたの記 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
それに毀れた方はざっとした菫花すみれの模様で、焼も余りよくありませんが、こちらは中は金襴地きんらんじで外は青華せいかで、工手間くでまもかかっていれば出来もいいし、まあ永楽といううちにもこれ極上ごくじょうという手だ
太郎坊 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
平地には菫花すみれ多く、あざみその外の雜草の間に咲きひろごりたり。
ふるびたる鷹匠頭巾たかじょうずきん、ふかぶかとかぶり、こごえて赤うなりし両手さしのべて、浅き目籠めごふちを持ちたり。目籠には、常盤木ときわぎの葉、敷き重ねて、その上に時ならぬ菫花すみれの束を、愛らしく結びたるを載せたり。
うたかたの記 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)