背後あと)” の例文
彼はそこまで行くと、園内のにぎやかさを背後あとにして、塗りつぶしたような常緑樹じょうりょくじゅの繁みに対して腰を下した。
爬虫館事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
頼春の危険を助けようとして、馳せつけ身を挺した小次郎は、刀も抜かず背後あとへさがり、身をそむけ眼をそらし、頼春は差しつけた刀を引いて、これは憎悪の切歯をした。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
『ドツコイシヨ。』と許り、元吉は俥を曳出ひきだす。二人はその背後あとを見送つて呆然ぼんやり立つてゐた。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
もうそうなりますとね、一人じゃ先へ立つのもいやがりますから、そこで私が案内する、と背後あとからぞろぞろ。その晩は、鶴谷の檀那寺だんなでら納所なっしょだ、という悟った禅坊さんが一人。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そうした昂作の姿は、往来の人眼をくのに充分であった。背後あとからいて来る子供の数が一足毎に増えて来た。前にまわって入れ代り立ち代り昂作の顔を覗き込む子供もあった。
童貞 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
その音は、今井と僕との永久とわの別れを告げる悲しい響きであった。年上の娘は、顔を両手で隠して慟哭どうこくした。人々は愁然しゅうぜんとして、墓場の黄昏たそがれ背後あとにしながら、桜堂の山を下った——。
友人一家の死 (新字新仮名) / 松崎天民(著)
豆府屋の親仁おやじが、売声をやめて、このきらびやかな一行に見惚みとれた体で、背後あとに廻ったり、横に出たり、ついて離れて歩行あるくのが、この時一度うしろ退しざった。またこの親仁も妙である。
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
宰八の背後あとから、もう一人。ステッキを突いて続いた紳士は、村の学校の訓導である。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)