粉飾ふんしょく)” の例文
これは朝鮮に伝えられる小西行長こにしゆきながの最期である。行長は勿論征韓のえきの陣中には命を落さなかった。しかし歴史を粉飾ふんしょくするのは必ずしも朝鮮ばかりではない。
金将軍 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
お気に入っても入らなくても、虚勢や粉飾ふんしょくに事実を曲げて、聖断せいだんくらくしたてまつるべきではない——と、これは河内を出るときからの彼のかたい胸裏きょうりであった。
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼らはことに精神を粉飾ふんしょくしていた。二、三のモデルをもっていた。しかもそのモデルがすでに本物ではなかった。あるいはまた、彼らは一つの観念をまねていた。
彼の憂鬱ゆううつさは、幾分世紀末的であったにしても、邪念も、誇示も、粉飾ふんしょくも小細工もない正直さと、そのむき出しの哀愁は、人の心にひしひしと浸透してやまない。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
理想の追求である。ほんとうの理想とか創造とかは、まず現在を破壊すべきものだ。決して現在の醜悪なる社会生活を粉飾ふんしょくしてこれを美化せんとするものではない。
童話に対する所見 (新字新仮名) / 小川未明(著)
モデルがはっきり誰であるとも示すこともできないように、彼女一流の想念の花で粉飾ふんしょくされてあった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
寄生木の大木将軍夫妻は、篠原良平の大木将軍夫妻で、余の乃木大将夫妻では無い。余は厳に原文にって、如何なる場合にも寸毫すんごうも余の粉飾ふんしょく塗抹とまつを加えなかった。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
眼中の小世界はただ動揺であった、乱雑であった、そうしていつでも粉飾ふんしょくであった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
夫婦は夫婦で相喰あいはみ、不潔物に発生する黴菌ばいきんや寄生虫のように、女の血を吸ってあるく人種もあって、はかない人情で緩和され、繊弱かよわ情緒じょうしょ粉飾ふんしょくされた平和のうちにも
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
彼女の厚かましい穿鑿せんさく的な眼は、窓ガラス越しに、家の奥まではいり込み、ザビーネの粉飾ふんしょくの秘密まで見通して、不潔な証拠を探り出し、彼女はそれをずうずうしい満足さで並べたてた。
だが、その親鸞においてすら、伝記の史料となると、偶像の瑤珞ようらく粉飾ふんしょくとひとしく、余りに常套的な奇蹟や伝説が織りまぜられていて、これの科学的な分解と小説的調整は決して容易なことではない。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
庸三の個人的にらしたかすかな憎悪の言葉が、粉飾ふんしょくと誇張にいろどられたもので、むしろ葉村氏の心持で忖度そんたくされた庸三の憎悪を、彼に代わって彼女に投げつけているようなものであった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)