杞憂きいう)” の例文
然るに各藩の執政者にして杞憂きいうある者は法を厳にし、戒をきて、以て風俗の狂瀾をさへぎり止めんと試みけれども、遂に如何いかんともする能はず。
國家の基礎が動揺して、今にも、革命の慘禍が渦まくかの樣に思つたことは、どうやら杞憂きいうにすぎなかつたとも考へて見なければならなかつた。
計画 (旧字旧仮名) / 平出修(著)
此の衰替の中でも殊に定家假名遣などは或時代の一の病氣のやうに見られるのであります。芳賀博士は少し之に付いて杞憂きいうを抱いて御出でになる。
仮名遣意見 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
けれども時代一般の空気が如何にも生々いき/\として、多少進取の気運にともなつて奢侈逸楽等の弊害欠点の生じて来る事に対しても、世間は多くの杞憂きいういだかず
虫干 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
たまらんな、う取付けられちや!」と周三は、その貧弱ひんじやくきわまる經濟けいざい前途ぜんとむかツて、少からぬ杞憂きいういだいた。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
今迄の心配は杞憂きいうに過ぎなかつた樣にも思ふ。又、兄は自ら僞つてるのだとも思ふ。
鳥影 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
島村氏のやうな正直で温和おとなしい人が、嘘と掛引との多い劇界へ入つて、個性をきずつけられはしまいかといふのは、氏の友人知己の気遣ひであつたが、実際はそれも杞憂きいうに過ぎなかつた。
恐しい杞憂きいうなどはなくなつて、すべて愉快なこと、楽しいことの連続が思ひ浮べられた。帰らぬと思つて居る所へ不意に帰つて行つたら、さぞかし皆が吃驚びつくりするであらう。否な喜ぶであらう。
厄年 (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
己のかう思つたのが決して杞憂きいうでないと云ふ事が間もなく証明せられた。突然この室と帳場とを隔てゝゐる幕を横へ引き開けて、その戸口に、髯男が一人、手に役人の被る帽子を持つて現はれた。
一体世の中の事は、うなつて欲しいと思ふ願望が容易に実現しないものであると共に、斯うなつたら困ると思ふ杞憂きいうも案外に到来せずに済むものである。
公判 (新字旧仮名) / 平出修(著)