押除おしの)” の例文
吾輩は、思わずその禿頭を平手で押除おしのけた……と思ったが、気が付いた時には、楽屋の荒板の上に横たおしにタタキ付けられていた。
超人鬚野博士 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
わたしはこの重みがうそであることを知っているから、押除おしのけると、身体中の汗が出た。しかしどこまでも言ってやる。
狂人日記 (新字新仮名) / 魯迅(著)
遮二無二しゃにむにかじり付いてくる少年の前額おでこをかけて、力任せに押除おしのけようともがいているうちに、浅田の夢は破れて、蚊帳かやを外した八畳の間にぽっかりと目をさました。
秘められたる挿話 (新字新仮名) / 松本泰(著)
低く叫びながら、伊藤青年が博士を押除おしのけて中へ跳込んだ。——正にみどり、妹のみどりが、狭い物置部屋の中に椅子へ堅く縛りつけられたうえ、無残に猿轡さるぐつわを噛まされていたのである。
亡霊ホテル (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
いわゆるニルヤカナヤの信仰が、その変化の前に栄え、オボツカクラの天中心思想は、おくれて入ってきてそれを押除おしのけるに足らなかったことは、この一点からでも推測し得られるかと思う。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
家内は取縋とりすがる妹の方をそこへ押除おしのけるようにした。「あ、房ちゃんが復たどぶ陥落おっこちた」と言って顔をしかめていると、お房は近所の娘に連れられながら、着物を泥だらけにして泣いてやって来た。
芽生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
先生が蒼くなって、両手でお道さんを押除おしのけながら
唄立山心中一曲 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
金糸でややこしい刺繍の紋章を綾取あやどった緋色の帷帳カーテンがユラユラと動いたと思うとサッと左右に開いた。その中の翡翠ひすい色の羽根布団を押除おしのけて一つの驚くべき幻影がムクと起上った。
冥土行進曲 (新字新仮名) / 夢野久作(著)