懶気ものうげ)” の例文
旧字:懶氣
助手の久吉きゅうきちも、懶気ものうげに、さっきから、ひくひくと動く気圧計の、油じみた硝子管がらすかんを見詰めながら、咽喉のどを鳴らした。
鉄路 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
その間、鎮子は懶気ものうげに宙をみつめていたが、彼女の眼には、真理を追求しようという激しい熱情が燃えさかっていた。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
母が以前のやうではなく懶気ものうげに身体を動かせて軍治の世話をするのを見ると、卯女子は仕掛けた仕事を止めても傍へ来て、軍治を自分の手に受取つたりした。
鳥羽家の子供 (新字旧仮名) / 田畑修一郎(著)
そして、最後の言葉が自分の唇から出て、校長と首座と女教師と三人六箇の耳に達した時、其時、カーン、カーン、カーン、と掛時計が、懶気ものうげに叫んだのである。
雲は天才である (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
あるひはこの国特有の美しき手道具漆器のたぐいを細く美しき指先に持添へたる、あるひはかたち可笑おかしき手付にさかずきを取上げたる、すべ懶気ものうげなる姿の美しさ、また畳の上に身をつくばはせたるなまめかしさ。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
この本の挿画にも見るように髪の頂にかんざしを長く突出して島の女子が南音ゆるく蛇皮線をいている側に、熟しきったバナナを食いながら、芭蕉葉の扇を使って懶気ものうげに聴惚れている若者を想像すると
しなびた栄光の手ハンド・オヴ・グローリーの一本一本の指の上に、死体蝋燭ろうそくを差して、それが、懶気ものうげな音を立ててともりはじめた時の——あの物凄い幻像が、未だに弱い微かな光線となって
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
懶気ものうげな、気の長い響きを百日も聞き慣れた人であらう。
葬列 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
「そうなりますかね」と懶気ものうげに呟いて、法水は顔を上げたが、どこか、ある出来事の可能性を暗受しているような、陰鬱な影を漂わせていた。が、鎮子には、慇懃いんぎんな口調で云った。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)