快楽たのしみ)” の例文
旧字:快樂
大塚さんは彼女を放擲うっちゃらかしてかまわずに置いた日のことを考えた。あらゆる夫婦らしい親密したしみ快楽たのしみも行って了ったことを考えた。
刺繍 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
主人あるじが浮かねば女房も、何の罪なきやんちゃざかりの猪之いのまで自然おのずと浮き立たず、さびしき貧家のいとど淋しく、希望のぞみもなければ快楽たのしみも一点あらで日を暮らし
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
強烈はげしい肉の快楽たのしみを貪つた後の浅猿あさましい疲労つかれが、今日一日の苛立つた彼の心を愈更いやさらに苛立たせた。『浅猿しい、浅猿しい!』と、彼は幾度か口に出して自分を罵つた。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
「なにをさがしてるんだ。おいらをおまえの子どもの名づけ親にすれば、子どもに金貨をしこたまやったうえに、世の中の快楽たのしみってえ快楽を一つのこらずさせてやるがなあ」
残るは妾ただ一匹、年頃契り深からず、石見銀山いわみぎんざん桝落ますおとし、地獄落しも何のその。縦令たとひ石油の火の中も、たらいの水の底までも、死なば共にとちこふたる、恋し雄に先立たれ、何がこの世の快楽たのしみぞ。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
世の中にはさまざまな生活があり、さまざまな快楽たのしみがあるなどと云うことは、夢にも考えてみたことはなく、現在の自分の生活、現在の自分の快楽に満足しきっている彼は、世にも幸福な人間だった。
初雪 (新字新仮名) / ギ・ド・モーパッサン(著)
古本をあさることはこの節彼が見つけた慰藉なぐさみの一つであった。これ程費用ついえが少くて快楽たのしみの多いものはなかろう、とは持論である。その日も例のように錦町にしきちょうから小川町の通りへ出た。
並木 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
主人あるじが浮かねば女房も、何の罪なき頑要やんちやざかりの猪之まで自然おのづと浮き立たず、淋しき貧家のいとゞ淋しく、希望のぞみも無ければ快楽たのしみも一点あらで日を暮らし、暖味のない夢に物寂た夜を明かしけるが
五重塔 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
飲食のみくいするより外に快楽たのしみの無いような船員等は、行く先々で上陸する客をうらやんだ。港の岸に見知った顔でもあると、彼等ははしけから声を掛けて、それから復た本船の方へぎ戻った。
(新字新仮名) / 島崎藤村(著)