廉恥れんち)” の例文
「さような感情からではありませぬ。去年、海道諸所の合戦では、二度まで這奴しゃつは寝返りをやっておる。およそ廉恥れんちを知らぬ男でしょうが」
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いやしくも徳義を解し廉恥れんちを知る人に対して為すべきに非ず。いはんや文字結なる者は到底佳句を得るに能はざるをや。
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
ほかに何も法外な事は働かず行状はず正しいつもりでしたが、俗に云う酒に目のない少年で、酒を見てはほとんど廉恥れんちを忘れるほどの意気地いくじなしと申してよろしい。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
帰ると事がきまりさえすれば、頭を地にりつけても、原さんから旅費を恵んで貰ったろう。実際こうなると廉恥れんちも品格もあったもんじゃない。どんな不体裁ふていさいな貰い方でもする。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
精神が麻痺するとだ、悪を悪とせず、ついに廉恥れんちの風が段々衰えるという事をおそるるのである。ここに於て官吏も過ちが多いんである。議会も過ちが多いんである。社会もまた過つんである。
憲政に於ける輿論の勢力 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
殊に、身分があって、気位も高いくせに、廉恥れんちと来ては、家康も、手の施しようがない。智や、手や、常識などは、ある方が、負けである。
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
仮初かりそめにも自分の手に握れば、借りた金ももらった金も同じことで、あとの事は少しも思わず、義理も廉恥れんちもないその有様ありさまは、今の朝鮮人が金をむさぼると何にもかわったことはない。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
逃げはじめるやこの男廉恥れんちもない。山坂また山坂をころげ降りた。すると蒼々そうそうたる松の林が十里もつづく。松風が耳を洗う。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、道誉はなんの廉恥れんちのふうもなく、あっさり命じて、その者たちを追いしりぞけた。そしてそれを心証と見せるかの如く、高氏へいったのだった。
私本太平記:07 千早帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そこで、きのう今日の虫のいい願いなどは、一切相ならんときめていたわけだが、しかし、いくさ奉行まで、そう届けてくるのは、まだ廉恥れんちのある方だった。
私本太平記:07 千早帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
人非人といい、廉恥れんちのない者を恥知らずとも犬畜生ともいって、鳥獣よりいやしむが、汝はまさに、その鳥獣にも劣るものだ。それでも南蛮の王者か。はてさて珍しい動物である
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
一歩でもひるみ、半歩でも退いたときは、ふたたび人中にさむらいとして面を出すことはできない——としてあるのが上杉家の家中にある廉恥れんちの精神——恥を恥とする士風のひとつだった。
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
だが、智者のはかりもはずれることがある。自己の廉恥れんちと気もちでひとを考えた時である。浅井父子は、いよいよ朝倉の外援をたのむのみで、自身から討って出ることはしなかった。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
廉恥れんちとか、あるいは自尊的な考えからも、きのうまでの平家与党たる誇りをもって、追放のない天地へ、そして権力や闘争に左右されない自然の土壌へ、進んで移住して行った者も
随筆 新平家 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それから解放された旅空では、日ごろのかわきが、あさましくうずき出てくるのは、彼も同様だった。しかし、そこに自制と廉恥れんちをもつのが、匹夫下郎ひっぷげろうとちがう武士ではないかと、彼のみは反撥していた。
私本太平記:02 婆娑羅帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)