“在(ましま)” の例文
又お前の信仰の虚偽を発(あば)かれようとすると「主よ主よというもの悉(ことごと)く天国に入るにあらず、吾が天に在(ましま)す神の旨に遵(よ)るもののみなり」
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
その真実の精神は仏陀(ぶっだ)も感応(かんのう)在(ましま)して、この誰もが入り難い厳重なる鎖国(さこく)内に到達して、今日まで仏教を修行することが出来たのである。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
稱して北の御門(みかど)と云其譯は天子に御世繼の太子(たいし)在(ましま)さぬ時は北の御門御夫婦禁庭(きんてい)へ入る宮樣御降誕あれば復たび北の御門へ御歸りあるなり扨御門の御笏代を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
これは右に出した漢文と殆ど同意義で首里に在(ましま)す王が浮島を築港して唐南蛮の船舶の寄合う那覇港となした、という意である。今日の風月楼は昔の御物城(おものぐすく)の趾で、南洋貿易後代の遺物である。
浦添考 (新字新仮名) / 伊波普猷(著)
あはれみの御母(おんはゝ)天つ御みくらに輝ききらめける皇妃にて在(ましま)す
この国の仏教守護の神々も我が誠心の願望を納受在(ましま)して、ここに止まって仏道を修行することを許されて居るのである。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
あわれみの御母天つ御みくらに輝ききらめける皇妃(きさき)にて在(ましま)す
御胎内の尊きにて在(ましま)すひりおの若君をわれらに見(あら)わしたまえ
深く御柔軟、深く御哀憐すぐれて在(ましま)す