しな)” の例文
探偵は死骸の着物の衣嚢から何やらしなびた様な物を取り出した、熟く見ると彼の松谷秀子が左の手にはめて居た異様な手袋である
幽霊塔 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
『歯がけて演説の時に声がれて困まる』と、此頃口癖のように云うとおり、口のあたりが淋しくしなびているのが、急に眼に付くように思った。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
「それでもいい男だという話じゃないかえ。——酒癖でも悪いと言うのかい。」と、伯母は切り髪頭の、長いしなびた顔をしかめながら言った。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
新しい大島絣おおしまがすりの袷をきた背の高い、そう瘠せてはいないが全体がしなびたように黒ずんで、落着かない眼付をした人相の悪い青年が懐手をして覗きこんでいる。
地上:地に潜むもの (新字新仮名) / 島田清次郎(著)
せきのしなびた胸にも一種の心持をかき立てるようであった。
(新字新仮名) / 宮本百合子(著)
印刷の音の中、色赤き草花しな
東京景物詩及其他 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
余は遽てて其の痩せたしなびた手を捕え鋭く叱り附ける調子で「何を成さる、私を敵とでも思ってですか」と云いつゝ篤と其の顔を
幽霊塔 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
が、彼女の存在が、最も彼に衝動を与へたことは、彼女が、そのしなびた右の手を、あらはに延ばして吊皮に依つて漸く身体を支へて居る事だつた。
我鬼 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
頬のこけた、肉の落ちて小さくしなびた顔に、乱れかかった髪の毛の一筋を唇にかみしめながら、息する度にほっそりとした鼻がかすかに動く。日はその虐げられつくした暗鬱な顔を照している。
地上:地に潜むもの (新字新仮名) / 島田清次郎(著)
心の底から湧き出ずる歓喜に泣くしなびた老僧を見ていると、彼を敵として殺すことなどは、思い及ばぬことであった。
恩讐の彼方に (新字新仮名) / 菊池寛(著)
父は、そう云いながら、奉書の巻紙を微塵みじんに引き裂いた。老いしなんだ手が、いかりのために、ブル/\ふるえるのが、瑠璃子の眼には、いたましくかなしかった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
老いしなんだ手が、いかりのために、ブル/\顫へるのが、瑠璃子の眼には、いたましくかなしかつた。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
瑠璃子は何うかして、父を慰めたいと思いながらも、父の暗いまゆしなびた口のあたりを見ると、たゞ涙ぐましい気持が先に立って、話しかける言葉さえ、容易に口に浮ばなかった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
細面の顔立のよい、しなびてしまつて歯の無いらしい口を絶えずモグ/\動かして居た。
我鬼 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
こうした恋をる、祖母の芸術的な高雅な人柄に、今更のような懐しみを感じて昔の輝くような美貌びぼうしのばすに足る、均斉の正しい上品な、しかし老いしなびた顔を、しみじみと見詰めていました。
ある恋の話 (新字新仮名) / 菊池寛(著)