一滴いってき)” の例文
月には一滴いってきの水もない。だから地球から見ると海のように見えるところも、来てみれば何のことか、それは平原にぎないのであった。
月世界探険記 (新字新仮名) / 海野十三(著)
一滴いってき悔悟かいごのなみだの後には、法然上人と師の親鸞から、そのままのすがたですぐ往生おうじょう仏果が得られるものだと説かれたあの時のことばを思い出して——
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
無智愚昧むちぐまい衆生しゅじょうに対する、海よりも深い憐憫れんびんの情はその青紺色せいこんしょくの目の中にも一滴いってきの涙さえ浮べさせたのである。
尼提 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
苦痛と恐怖でぐいと握り締められた私の心に、一滴いってきうるおいを与えてくれたものは、その時の悲しさでした。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
祖先伝来一切の生命の蓄積して居る土は、其一塊いっかいも肉の一片一滴いってきである。農から土をうばうは、霊魂から肉体を奪うのである。換言すれば死ねと云うのである。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
対手あいての男の遺子たちに向って、お前方も成長おおきくなるが、間違ってもこんな真似をしてはいけないという意味を言聞かして、涙一滴いってきこぼさなかったのは、気丈な婆さんだと書いてあった。
明治美人伝 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
ここは雲の海だというが、水一滴いってきない。こんなところに一週間も暮したら、気がへんになって死にたくなるだろうなあ
三十年後の世界 (新字新仮名) / 海野十三(著)
彼はほおの上に一滴いってきの雨を待ち受けるつもりで、久しく顔を上げたなり、恰好かっこうさえ分らない大きな暗いものを見つめているあいだに、今にも降り出すだろうという掛念けねんをどこかへ失なって
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
なんじの無限大を以てして一滴いってきの露に宿るを厭わぬ爾朝日!
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
私は赤レッテルの壜の栓を抜くと、妻楊子つまようじの先をソッと差し入れた。しばらくして出してみると、その楊子の尖端せんたんに、なんだか赤い液体が玉のようについていた。それが生長液の一滴いってきなのであった。
(新字新仮名) / 海野十三(著)
「なにしろ、独本土へ上陸しようというイギリス軍人の無いのにはおどろいた。折角せっかく作ったわが新兵器も、無駄に終るかと思って、一時は酒壜の底に一滴いってきの酒もなくなったときのような暗澹あんたんたる気持に襲われたよ」