一人前ひとりまえ)” の例文
まだ返辞をしないうちに、例の赭顔の女中が大きい盆に一人前ひとりまえずつに包んだ餅菓子を山盛にして持って来て銘々に配り始めた。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
「校正は係が別です。一口に校正と言っても、ナカ/\馬鹿になりませんよ。これも一人前ひとりまえにやれるまで一修業です」
負けない男 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
一人前ひとりまえ何坪何合かの地面を与えて、この地面のうちでは寝るとも起きるとも勝手にせよと云うのが現今の文明である。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
七左、程もあらせず、銚子を引攫ひッつかんで載せたるままに、一人前ひとりまえの膳を両手に捧げて、ぬい、と出づ。
錦染滝白糸:――其一幕―― (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
何処どこから取寄せた肉だか、殺した牛やら、病死した牛やら、そんな事には頓着とんじゃくなし、一人前ひとりまえ百五十文ばかりで牛肉と酒と飯と十分の飲食であったが、牛は随分硬くて臭かった。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
おきまりの一人前ひとりまえの刺身位は物の数でもなく、たちまちそれは平らげられてしまいます。
うやって楽屋の者が大勢出て、畳の敷いてある上へお客を坐らせて、僅か四銭ぐらいでは余り芸がつたないようだから、せめて一人前ひとりまえ五円ずつも取ったら宜かろうと仰しゃいますが
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
それより相川の養子となり、其の筋へ養子の届をして、一人前ひとりまえの立派な侍に出立いでたって往来すれば、途中で人足などに馬鹿にもされずかろうから、うぞ家内だけの祝言を聞済んでください
こうしてひげを生やしたり、洋服を着たり、シガーをくわえたりするところは上部うわべから見ると、いかにも一人前ひとりまえの紳士らしいが、実際僕の心は宿なしの乞食こじきみたように朝から晩までうろうろしている。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
是が一人前ひとりまえの侍なれば再び門をまたいでやしきへ帰る事は出来ぬぞ