“せんけん”のいろいろな漢字の書き方と例文
語句割合
嬋娟47.2%
浅見16.7%
嬋妍11.1%
先見5.6%
先賢5.6%
鮮妍5.6%
尖剣2.8%
擅権2.8%
繊妍2.8%
(注)作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
『おや、もうお片附かたづきになりましたの。』といつて嬋娟せんけんたる姿すがたいそむかへた。
左慈は、ぷっと、唇から水を噴いた。嬋娟せんけんたる牡丹ぼたんの大輪が、とたんに花瓶の口にゆらゆら咲いた。
三国志:09 図南の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「それは浅見せんけんじゃ、やがて御当家は御取潰とりつぶし、これは免れぬ御運じゃ」
討たせてやらぬ敵討 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
彼らのあとにつづいてる群集の大部隊は、兇暴で不確信で浅見せんけんだった。
前なる四輪の豪奢ごうしゃな馬車には、霊公とならんで嬋妍せんけんたる南子夫人の姿が牡丹ぼたんの花のようにかがやく。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
なお第一の嬋妍せんけんたる美人はこれであると院はこの時驚歎きょうたんしておいでになった。
源氏物語:34 若菜(上) (新字新仮名) / 紫式部(著)
チヤァルズ一世があんなに圓滿な眞心のある人でありながら、王室の特權以上のものが見えなかつたといふのは、まつたく可哀さうな氣がするわ。もし彼に先見せんけんめいがあつて、いはゆる時代の精神つてものがどう傾いてゐるかゞ見とほせたらねえ。
秀吉との親しみと尊敬には「己れを知る者のためには死す」という士心のずいに沁みて来るものがあったが、信長に向っては、「やはり自分の先見せんけんは過らなかった。この人こそと仰いだ期待は裏切られていない」という、山へ登って山に失望なく、いよいよ山の美と高さを知るような思いがあった。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「わたくしは今宵ほど人間というものが解らなくなったことはございませぬ。おたがいにまだ幼少と若年の頃、父の家に、机をならべて、何を読み、何を学んで参りましたか。この国の先賢せんけんの遺書に主君をしいしてもよしなどという辞句じくが、一字でもあったでしょうか」
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
こういうふうに他人が吾人ごじんのために与うる訓戒も、友人が精神より述ぶる忠告も、先賢せんけんが血を流して教えた大義も、自分の身の上には直接あてはまらないように思うことの多きゆえんは、一つには自分がこれらの言を充分に味わう境涯きょうがいに達しない、すなわち自己のさとらず自己の弱点を察しないゆえである。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
野には晩春を咲越へて、なほ衰へを見せない花、すでに盛夏を導いて魅力ある花、それ等に交り、当期の花は鮮妍せんけんを競つて盛上つてゐる。
初夏に座す (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
牡丹ぼたん芍薬しゃくやくの花極めて鮮妍せんけんなれどもそのおもむき決してダリヤと同じからず、石榴花ざくろ凌宵花のうぜんかつらさながら猛火の炎々たるが如しといへどもそは決して赤インキの如きにはあらず。
一夕 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
と、たちまち血みどろになって大牛の死骸が投げ出され、騎士と牛の闘争が終ると、左手に赤い蔽布ひふをひるがえし、右手に尖剣せんけんをきらめかした闘牛士が徒歩で牛と立向い、古武士的な闘牛士の動作を観衆は讚美熱狂するのです。
バルザックの寝巻姿 (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
彼らの擅権せんけんようやくあらわになったのは天平に入ってからであるが、その種子は既に根づよくこの時代に胚胎はいたいしていたのであった。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
蘇我そが家の擅権せんけんと陰謀は、度かさなる流血の惨事をもたらしたのであったが、摂政の位につかれて後は、しばらくはこの争いもおさまったようにみえる。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
彼が同盟を提議した婦人、しかも最初見た時から並々ならぬ美人だと思ったとおり繊妍せんけんたる容姿楚々たる風姿、その婦人の面前にあってどうしてかかる屈辱を忍ぼうや。
水晶の栓 (新字新仮名) / モーリス・ルブラン(著)