わづら)” の例文
それからわづらひついて、何時いつまでつてもなほらなかつたから、なにもいはないでうちをさがつた。たゞちにわすれるやうに快復くわいふくしたのである。
怪談女の輪 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
らうと云つたそのお幸の父も、お幸とお幸より三つ歳下とししたの長男の久吉ひさきちがまだ幼少な時に肺病にかかつて二年余りもわづらつて歿くなりました。
月夜 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
次の年の夏、韓国にあるわが子寛の重き病わづらふよし聞きていたく打歎きしが、十一月二日夜ふけて門叩くを誰かと問へば、寛の声なりけり。
礼厳法師歌集 (新字旧仮名) / 与謝野礼厳(著)
すこしも乘客じようきやくわづらはさんやうにつとめてゐるおれか、れとも這麼こんな一人ひとり大騷おほさわぎをしてゐた、たれにも休息きうそくせぬ利己主義男りこしゆぎをとこか?』
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
急いで來た處に今樣子を見れば大丈夫だいぢやうぶにてわづらひし樣子は一かうえぬか那の手紙は如何なる譯でありしやと云ければ清兵衞は天窓あたま
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
勉強家べんきようかける、懶怠なまけられてはこまるけれど、わづらはぬやうにこゝろがけておれ、けておまへは一つぶものおやなし、兄弟きようだいなしとふではいか
われから (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
甘藷さつまいもやすいからとか、七面鳥の肉は高価たかいからとかいふ、その値段の観念にわづらはされないで、味自身を味はひ度いといふのだ。
われもいとまあらば共にこそ往かまほしけれ。ヱズヰオに登らんはわづらはしけれど、ポムペイの發掘の近状を見んこと面白かるべし。
一ぱい浴びて流しのところへ出た蓮太郎は、湯気に包まれて燃えるかのやう。丑松もあかくなつて、顔を伝ふ汗の熱さに暫時しばらく世のわづらひを忘れた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
夫は戸の外をゆびさしてなほ去らざるを示せり。お峯は土間に護謨靴ゴムぐつと油紙との遺散おちちれるを見付けて、由無よしなき質を取りけるよとおもわづらへる折しも
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
それよりも、一本二本の歯をいちいち補ふわづらはしさよりは、その手数をまとめて、一度に払つた方がいいとするのである。
大凶の籤 (新字旧仮名) / 武田麟太郎(著)
も一つの雲影がこれ迄常に鉱毒問題をわづらはして居た。「鉱毒は畢竟ひつきやう田中の選挙手段だ」と言ふことだ。彼は進んで言うた。
政治の破産者・田中正造 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
いましふ所の如くば、の勝たむこと必ずしからむ。こころねがふは、十年百姓をつかはず、一身の故を以て、万民おほむたからわづらはしいたはらしめむや。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
机上の爲事しごとつかれた時、世間のいざこざのわづらはしさに耐へきれなくなつた時、私はよく用もないのに草鞋を穿いて見る。
それが脚気をわづらつて、二週間程の間に眼もふさがる位の水腫みづばれがして、心臓麻痺で誰も知らないうちにくなつて居た。
お末の死 (新字旧仮名) / 有島武郎(著)
ていよくさばかれたり、とゞのつまりは「物も云はでやみにけり」とか、「わづらはしとて男やみにけり」とか云う風な終りを告げている挿話そうわが随分ある。
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
彼は銭湯のなかで、色々の人と顔を合したり、挨拶を交したりするのが、年々わづらはしくなつてゐた。たまには子供も洗つてやらなければならなかつた。
風呂桶 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
代助は両方のいづれだらうかとわづらつて待つてゐた。待ちながらも、うせ覚悟の前だと何遍もくちのうちで繰り返した。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
そこで自分はいささかそれらの士と共に、真贋の差別にわづらはされない清興せいきやうの存在を主張したかつたから、ここにわざわざ以上の饒舌ぜうせつを活字にする事をあへてした。
鑑定 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
「お駒もよいゲンサイやけんど、奧さんは品がおますさかいな。……長いことわづらうて、あないになりやはつたけど、品はなア、身に備はつてゐますわい。」
天満宮 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
菩提樹ぼだいじゆ下の見証や、ハルラ山洞の光耀や、今一々わづらはしく挙証せざるも、真の見神の、偉大なる信念の根柢たり、又根柢たるべきは了々火よりもあきらかなり。
予が見神の実験 (新字旧仮名) / 綱島梁川(著)
何となれば仏人は国利の為に戦ふよりも、寧ろ戦ひの為に戦ふ。平和、平和、遂になんぢわづらはさざるを得ず。
想断々(2) (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
あへて一行をわづらはすことなけん、つつしんで随行の許可きよかを得んことをふと、衆其熱心ねつしんかんよろこんで之をゆるす、内二人は上牧村の者にして他一人は藤原村字くぼの者とす
利根水源探検紀行 (新字旧仮名) / 渡辺千吉郎(著)
その話は長くてわづらはしいものでしたが、要領をかいつまむと、岡谷半嶺は非常に天才で、若くして南宗北宗兩派の技法を體得し、更に和風の土佐住吉の畫風にわた
金は湯水の如く金庫へ流れこんで来たが、ゆき子にとつては、平凡な、退屈な毎日であつた。思ひわづらふ事が、拭ひきれないやうな、奇妙な生活から退いて行きたかつた。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
私は、勉強室といふ聖所を立去るように、呼びに來られる筈はなかつたから。今は、そこは、私にとつては、聖所となつてゐた——「わづらはしき時のいとも心地よき隱家かくれが
そんなわづらはしい家庭で、無智な婿をもたせられる、病女は、誰が造つたのだといはざるを得ないのに、これもまた、結婚披露宴に、例の「郭子儀」の幅をかけたからだと
「郭子儀」異変 (旧字旧仮名) / 長谷川時雨(著)
日來ひごろ快濶にして物に鬱する事などの夢にもなかりし時頼の氣風何時いつしか變りて、うれはしげに思ひわづらふ朝夕の樣ただならず、紅色あかみを帶びしつや/\しき頬の色少しく蒼ざめて
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
かう浅ましき身を海にもらで、人の御心をわづらはし奉るはつみ深きこと。今の詞はあだならねども、只酔ごこちの一一〇狂言まがことにおぼしとりて、ここの海にすて給へかしといふ。
本願寺も在所の者の望みどほりに承諾した。で代々だい/″\清僧せいそうが住職に成つて、丁度禅寺ぜんでらなにかのやう瀟洒さつぱりした大寺たいじで、加之おまけに檀家の無いのが諷経ふぎんや葬式のわづらひが無くて気らくであつた。
蓬生 (新字旧仮名) / 与謝野寛(著)
そのくものあたりへあがつて雲雀ひばりこゑがついて、そして、いまかうしてゐることのほかに、なんの爲事しごとわづらはしさもこゝろがかりもない、ゆたかな氣持きもちをかんじてゐることを
歌の話 (旧字旧仮名) / 折口信夫(著)
一と月ほどわづらつただけで死んでいつたのは、まださういふ冬の立ち去らないうちだつた。
ふるさとびと (旧字旧仮名) / 堀辰雄(著)
おまけに、働盛りの若主人が、十年近く労症をわづらつた末に死んで了つたので、多くもなかつた所有地もちちも大方人手に渡り、仕方なしに、村の小児こども相手の駄菓子店を開いたといふ仕末で
刑余の叔父 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
主人は冷淡に、然しわづらはしいといふのでもなく應じた。「土屋何といふのですか。」
少年の死 (旧字旧仮名) / 木下杢太郎(著)
近頃ちかごろいたしたのかわづらつて寝てるから見舞みまつてやらうと金兵衛きんべゑまゐり、金
黄金餅 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
父は何者にもわづらはされることなく、全く自由に私達二人の子供を其の温かい愛の翅で包むことが出来た。たとひ私が病気で寝て居たにしても、その場合の父は幸福そのもののやうであつた。
世の中へ (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
初夏の頃に私を喜ばせた彼等の活溌な挙動も、今はむしろわづらはしく、うるさかつた。それに彼等の活溌な行動が生殖のためだといふはじめから自明なことも、その時の私の気分にはなじまなかつた。
ジガ蜂 (新字旧仮名) / 島木健作(著)
また汝らわが故によりて主たちの前にかれん。これは彼らと異邦人とに証をなさんためなり。かれら汝らを付さば、如何なることを言はんと思いわづらうな。言ふべきことは、そのときさずけらるべし。
幸福なんだ、世のわづらひのすべてを忘れて
山羊の歌 (新字旧仮名) / 中原中也(著)
長人ちやうじんわづらはすに
孔雀船 (旧字旧仮名) / 伊良子清白(著)
わづらひ漸く全快はなしたれども足腰あしこしよわ歩行事あゆむことかなはず日々身代に苦勞なすと雖種々しゆ/″\物入ものいりかさみ五年程に地面も賣拂うりはらひ是非なく身上を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
「えゝわづらつてるほどだとまをしますことですから。」……かねて、おれをおもをんなならば、つかちでもはなつかけでもとふ、御主義ごしゆぎ?であつた。
春着 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
その父親てておやは早くにくなつてか、はあかかさんが肺結核といふをわづらつてなくなりましてから一週忌の来ぬほどに跡を追ひました、今居りましてもだ五十
にごりえ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
下等な世間に住む人間の不幸は、その下等さにわづらはされて、自分も亦下等な言動を余儀なくさせられる所にある。現に今自分は、和泉屋市兵衛をひ払つた。
戯作三昧 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
しばらく濃くなる夕闇——それも存分にあかりがはひると、飮んで騷ぐ分には、何のわづらひもありません。
其のうへ彼は又この二三日、ひどくわづらはしいことが彼の頭に蔽被おつかぶさつてゐることを不快に思つた。
花が咲く (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
これを語らんに人無く、うつたへんには友無く、しかも自らすくふべき道は有りや。有りとも覚えず、無しとは知れど、わづらふ者の煩ひ、悩む者の悩みてほしいままなるを如何いかにせん。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
「では、ブロクルハーストさま、なるべく早くこの子をお送りしませう、このわづらはしい責任を私の肩からおとり下さるように、おまかせしたくつて仕樣がないのですから。」
しかもかれしまらない人間にんげんとして、かく漂浪へうらう雛形ひながたえんじつゝある自分じぶんこゝろかへりみて、もしこの状態じやうたいながつゞいたらうしたらからうと、ひそかに自分じぶん未來みらいあんわづらつた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
「はい一度おひまの節に女房かないの御診察をお願ひ致したいと存じまして……」その男は円い眼を忙しさうに瞬きした。「こなひだぢゆうから肋膜ろくまくわづらひまして、方々の先生方に……」