春雨はるさめ)” の例文
二部興行で、昼の部は忠信ただのぶ道行みちゆきいざりの仇討、鳥辺山とりべやま心中、夜の部は信長記しんちょうき浪華なにわ春雨はるさめ双面ふたおもてという番組も大きく貼り出してある。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
其の晩源次郎がまいり酒宴さかもりが始まり、お國が長唄の春雨はるさめかなにか三味線さみせんを掻きならし、当時の九時過まで興を添えて居りましたが
しかし、風をともなわぬ、春雨はるさめのような、しっとりした降りかたで、かえって、旅情を添えるものといえなくもなかった。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
其晩そのばん湿しめやかな春雨はるさめつてゐた。近所隣きんじよとなりひつそとして、れるほそ雨滴あまだれおとばかりがメロヂカルにきこえる。が、部屋へやには可恐おそろしいかげひそんでゐた。
背負揚 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
鬼の出る羅生門らしょうもんに、鬼が来ずなってから、門もいつの代にか取りこぼたれた。つなぎとった腕の行末ゆくえは誰にも分からぬ。ただ昔しながらの春雨はるさめが降る。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
葉子は他の乗客と同じように手欄てすりによりかかって、静かな春雨はるさめのように降っている雨のしずくに顔をなぶらせながら、波止場はとばのほうをながめていたが
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
が、取立とりたてて春雨はるさめのこの夕景色ゆふげしきはなさうとするのが趣意しゆいではない。今度こんど修善寺しゆぜんじゆきには、お土産話みやげばなしひとつある。
雨ふり (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
春雨はるさめ御所車ごしょぐるま、さては、かっぽれ、と申しますような唄や、そうしたものの踊りの師匠だったのでございます。
両面競牡丹 (新字新仮名) / 酒井嘉七(著)
慚愧ざんき不安の境涯きょうがいにあってもなお悠々ゆうゆう迫らぬ趣がある。省作は泣いても春雨はるさめの曇りであって雪気ゆきげ時雨しぐれではない。
春の潮 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
白粉の凄まじい大崩落、春雨はるさめに逢った大雪崩のようなのを、平次は世にも真顔でっと見詰めております。
その晩は葡萄酒に酔つて船へ帰つて寝た。翌てう春雨はるさめの様な小雨こさめが降つて居る。此様こんなに温かいのは異例だとこの地に七八年案内者ガイドをして居る杉山と云ふ日本人が話して居た。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
「あたしね、「黒髪くろかみ」をあげたらこんどは「春雨はるさめ」だわ。いヽわね。は る さ め…………」
桜さく島:見知らぬ世界 (新字旧仮名) / 竹久夢二(著)
春雨はるさめにィ……」と小声で歌うて来ることもある。ある時来たのをつらまえて、ざるで砂利を運ぶ手伝をさせ、五銭やったら、其れから来る毎に「仕事はありませんか」と云う。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
しかれども春雨はるさめかさ、暮春に女、卯花うのはなに尼、五月雨さみだれに馬、紅葉もみじに滝、暮秋に牛、雪に燈火ともしびこがらしからす、名所には京、嵯峨さが御室おむろ、大原、比叡ひえい三井寺みいでら、瀬田、須磨、奈良、宇津
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
雨晴れて月朦朧おぼろの夜にちび筆の軸を伝つてのみ、そのじくじくした欲情のしたたりを紙にとどめ得た。『雨月』『春雨はるさめ』の二草紙はいはばその欲情の血膿ちうみぬぐつたあとの故紙こしだ。
上田秋成の晩年 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
春雨はるさめにかすむとか、朝霧あさぎりの中から舟が出てくるなどという風景は、この世界には見えない
三十年後の世界 (新字新仮名) / 海野十三(著)
先頃の春雨はるさめに、水量を増して山峽を下る小川は、澄明な水を漲らして、太陽の金の輝きと大空の青緑サフアイアの色をうつし乍ら流れてゐた。私達は小路から外れて柔かい芝生の上を踏んだ。
わかこゝろにはなさけなく𫁹たがのゆるびし岡持をかもち豆腐おかべつゆのしたゝるよりも不覺そゞろそでをやしぼりけん、兎角とかくこゝろのゆら/\とゑり袖口そでぐちのみらるゝをかてゝくわへて此前このまへとし春雨はるさめはれてののち一日
われから (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
春雨はるさめころもいたとほらめや七日なぬからば七夜ななよじとや 〔巻十・一九一七〕 作者不詳
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
長塚節ながつかたかし氏の歌に、「春雨はるさめになまめきわたる庭ぬちにおろかなりける梧桐あをぎりの木か」
雑筆 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
祖父じじ言葉ことばには格別かくべつこれとてていうほどのこともないのですが、場合ばあい場合ばあいなので、それは丁度ちょうどしとしとと春雨はるさめかわいた地面じべたみるように、わたくしすさんだむねんできました。
春雨はるさめ格子戸こうしどしぶじゃひらきかける様子といい、長火鉢の向うに長煙管取り上げる手付きといい、物思う夕まぐれえりうずめるおとがいといい、さてはただ風に吹かれる鬢の毛の一筋、そらけの帯のはしにさえ
妾宅 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
朝起きると春雨はるさめがしとしとと降っていた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
春雨はるさめや食はれ残りの鴨がく 一茶
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
牧場の草に春雨はるさめのふる
藤村詩抄:島崎藤村自選 (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
急ぎくだれば春雨はるさめ
北村透谷詩集 (旧字旧仮名) / 北村透谷(著)
その噂を聞き伝えて見物人が寄り集まって来る頃には、二つの死骸はすでに取り片付けられて、形見の船が春雨はるさめに濡れているばかりであった。
白粉の凄まじい大崩落だいほうらく春雨はるさめに逢つた大雪崩なだれのやうなのを、平次は世にも眞顏でぢつと見詰めて居ります。
春雨はるさめのしめやかに、なぞひとつ。……何枚なんまいものをかさねても、おやくつははだばかり、なに?……たけのこ
寸情風土記 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
そのお婆さんは、自分で手拍子を取りながら、うたうたって、四つの孫に「春雨はるさめ」を踊らせていた。子供は扇子を持って、くるくる踊っていたが、角々がきちんと極まっていた。
挿話 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
春雨はるさめの明けの朝、秋霧あきぎりの夕、此杉の森のこずえがミレージの様にもやから浮いて出たり、棚引く煙をしゃの帯の如くまとうて見たり、しぶく小雨に見る/\淡墨うすずみの画になったり、梅雨にはふくろうの宿
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
御存ごぞんわたしが歸鴈きがんきとふは我身わがみながら何故なぜらねどはなやま曉月夜あかつきづきよさては春雨はるさめ夜半よはとこなきぎるこゑわかれがしみ/″\とにしみてかなしいやうさびしいやうなまたあきちぎりを
五月雨 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
春雨はるさめ相合傘あいあいがさ柄漏えもりかな
六百五十句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
春雨はるさめやか、——」
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
染太夫 山科の里で春雨はるさめを聽きながら、一夜を明かすのも好いかも知れませんな。まつたくこつちは閑靜だ。
近松半二の死 (旧字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
襲われるような不快な心持などは微塵みじんもなく、春雨はるさめの降りしきる朝、護持院の鐘の音に、淡い夢から揺り起される時のような、何んとも言えない甘美な心持で、薄眼を開いて
じつ矢叫やさけびごとながれおとも、春雨はるさめ密語さゝやきぞ、とく、温泉いでゆけむりのあたゝかい、山国やまぐにながらむらさきかすみ立籠たてこもねやを、すみれちたいけと見る、鴛鴦えんわうふすま寝物語ねものがたりに——主従しゆじう三世さんぜ親子おやこ一世いつせ
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
尽日じんじつ雨、山陽さんよう所謂いわゆる春雨はるさめさびしく候」と云う日。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
春雨はるさめ衣桁いこうに重し恋衣こいごろも
五百句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
いままでは、春雨はるさめに、春雨はるさめにしよぼとれたもよいものを、なつはなほと、はら/\はらとりかゝるを、われながらサテ情知なさけしがほそでにうけて、綽々しやく/\として餘裕よゆうありしからかさとともにかたをすぼめ
森の紫陽花 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)