いそ)” の例文
おぬいさんはいそがしく袂を探ろうとしたが、それも間に合わなかったか、いきなり両手を眼のところにもっていって、じっと押えた。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
原口さんは無論ゐる。一番さきて、世話をいたり、愛嬌を振りいたり、仏蘭西式のひげつまんで見たり、万事いそがしさうである。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
まるで夕食にありつけなかつたゞらう——階下の人たちは誰も餘りいそがしくて、私たちの方までは氣がまはらなかつたのだから。
山国の産のせいであろう、まるで森林のように毛深いあしを出して、与一はいそがしく荷造りを始めた。私はひどく楽しかった。
清貧の書 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
いま珈琲カツヒーはこんで小間使こまづかひかほにもそのいそがしさがへるので、しや、今日けふ不時ふじ混雜中こんざつちうではあるまいかと氣付きづいたから、わたくしきふかほ
空には秋のような日が照り渡って、地上には麦がみのり、大鎌や小鎌を持った農夫たちが、至るところの畑の中で、戦争のようにいそがしく働いている。
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
是非ぜひやらう。葉書はがき返事へんじならぼくはどんないそがしいときでもく。オヽ、それからまだういふ面白おもしろはなしがあるよ。
ハガキ運動 (旧字旧仮名) / 堺利彦(著)
二人のいそぎ走るを怪しみ何故早く去るぞ我家に豕一匹を用意した、是非一宿せよというを曹操たちまち刺し殺した。
普請ふしんはもう八どおりも進行しんこうしてり、大工だいくやら、屋根職やねややらが、いずれもいそがしそうに立働たちはたらいているのがえました。
天正十一年になって、遠からず小田原おだわらへ二女督姫君とくひめぎみ輿入こしいれがあるために、浜松のやかたいそがしい中で、大阪にうつった羽柴家へ祝いの使が行くことになった。
佐橋甚五郎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
つと近年きんねん此餠屋の出店をだしもらひ夫婦とも稼暮かせぎくらす者なりフト吉之助の來てより家業かげふいそがしく大いに身代しんだい
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
しかし艇員はこたえなかった。口をきくと、行動が鈍くなると思っているらしい。それほど彼らはいそいでいた。そして扉を開くと、それをかついでどんどん外へ搬び出した。
宇宙尖兵 (新字新仮名) / 海野十三(著)
閑事と表記してあるのは、急を要する用事でも何んでも無いから、いそがしくなかったらひらいて読め、に心のかれる事でもあったら後廻あとまわしにしてよい、という注意である。
野道 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
と同じ瞬間に、その女のショウルと帯の色合ひと横顔の輪郭とがハツキリと彼の記憶に再燃した。それはモデルのとみ子に違ひなかつたのだ。彼はいそいで払を済ませて外へ出た。
静物 (新字旧仮名) / 十一谷義三郎(著)
「山へ行くのに、そんなものに驚いちゃいかんよ。そうきまったら、急がないとまた客が来る。あなた支度したくをして。山の下まで車だ。」と口でも云えば、手も叩く、謙造のいそがしさ。
縁結び (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
一人はかならず手傳てつだはするとふてくだされ、さてさて御苦勞ごくらう蝋燭代ろうそくだいなどをりて、やれいそがしやれぞひま身躰からだ片身かたみかりたきもの、おみね小松菜こまつなはゆでゝいたか、かずあらつたか
大つごもり (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
海陸飛脚の往来櫛歯くしのはくよりもいそがわしく、江戸の大都繁華のちまたにわか修羅しゅらちまたに変じ、万の武器、調度を持運び、市中古着あきなう家には陣羽織じんばおり小袴こばかま裁付たっつけ簑笠みのかさ等をかけならべ
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
「そうですか。いや、さよなら。」大学士は、またいそがしそうに、あちこち歩きまわって監督かんとくをはじめました。二人は、その白い岩の上を、一生けん命汽車におくれないように走りました。
銀河鉄道の夜 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
煙草たばこの好きな叔母が煙管きせるを離さずに、雇人やとひにん指揮さしづしていそがしい店を切盛きりもりしてゐるさまも見えるやうで、其の忙がしい中で、をひの好きな蒲鉾かまぼこなぞを取り寄せてゐることも想像されないではなかつた。
東光院 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
山ふところの夕暮れに歩み疲れた若い旅人が青黒い杉の木立こだちのあいだから、妓楼の赤い格子を仰ぎ視た時には、沙漠でオアシスを見いだしたように、かれらはいそがわしくその軒下に駈け込んで
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
なに極楽ごくらくつていらつしやいましたが、近来このごろ極楽ごくらく疲弊ひへいましたから、勧化くわんげをおたのまれで、其事そのこと極楽ごくらくらしつたのでございませう。岩「極楽ごくらく勧化くわんげかえ、相変あひかはらず此方こつちてもおいそがしい。 ...
明治の地獄 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
安之助やすのすけいそがしいとかで、一時間じかんらずはなしてかへつてつたが、小六ころく所置しよちついては、兩人りやうにんあひだ具體的ぐたいてきあんべつなかつた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
そうこたえて案外上手じょうずに舟をいだ。倉地は行き過ぎただけをいそいで取って返して来た。そして三人はあぶなかしく立ったまま舟に乗った。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
「さう、あんまりことが無さ過ぎると、私も時々思ひますが、でも今度は大分いそがしくなるかも知れませんよ——少くとも、しばらくの間はねえ。」
細君は焜炉しちりんあおいだり、庖丁ほうちょうの音をさせたり、いそがしげに台所をゴトツカせている。
太郎坊 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
かれわたくしとはおの/\くみ撰手チヤンピオンとなつて、必死ひつし優勝旗チヤンピオンフラグあらそつたことや、其他そのほかさま/″\の懷舊談くわいきうだんて、ときうつるのもらなかつたが、ふと氣付きづくと、當家このや模樣もやうなにとなくいそがしさう
とかくは檜舞臺ひのきぶたひたつるもをかしからずや、あかぬけのせし三十あまりの年増としまざつぱりとせし唐棧とうざんぞろひに紺足袋こんたびはきて、雪駄せつたちやら/\いそがしげに横抱よこだきの小包こづゝみはとはでもしるし
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
大将「それはそうじゃ、今まではいそがしかったじゃからな。」
饑餓陣営:一幕 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
豹を殺した者あると聞いて吾輩いそいで町へかえった
「はっ」といって本多はいそがしげに退出した。
佐橋甚五郎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
「おい/\、急にまたいそぎ出したね。」
静物 (新字旧仮名) / 十一谷義三郎(著)
此方こつちいそがしい。」
浅茅生 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
つまり自分の顔を鏡で見る余裕があるから、さうなるんだ。いそがしい時は、自分の顔の事なんか、誰だつて忘れてゐるぢやないか
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
イライザはまだ口をかなかつた。明らかに彼女には話をする暇がなかつたのである。彼女のやうにいそがしさうな樣子をした人間を私は見た事がなかつた。
五郎兵衞老人は玩具におどかされるやうな男では無かつた。その鶴嘴つるはしを手にしだした時はすでに六十三歳であつたが、せかずいそがず、毎年々々コツ/\と路を造つた。七年の歳月は過ぎた。
華厳滝 (旧字旧仮名) / 幸田露伴(著)
きやうはお高祖頭巾こそづきん眉深まぶか風通ふうつう羽織はおりいつも似合にあはなりなるを、吉三きちざうあげおろして、おまへ何處どこきなすつたの、今日けふ明日あすいそがしくておまんまべるもあるまいとふたではないか
わかれ道 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
「遅れるからいそごう。」
青草 (新字新仮名) / 十一谷義三郎(著)
「そりやにいさんもいそがしいにはちがひなからうけれども、ぼくもあれがまらないと氣掛きがゝりでいて勉強べんきやう出來できないんだから」とひながら
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
をりからおいそがしきときこゝろなきやうなれど、今日けふぎにと先方さき約束やくそくのきびしきかねとやら、おたすけのねがはれますれば伯父おぢ仕合しあはわたしよろこび、いついつまでも御恩ごおんまするとてをすりてたのみける
大つごもり (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
これからまたれいとほ出掛でかけなければなりませんから」とげると、主人しゆじんはじめていたやうに、いそがしいところめた失禮しつれいしやした。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
すこあるかないか」と代助がさそつた。平岡もくちいそがしくはないと見えて、生返事なまへんじをしながら、一所にはこんでた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
彼所あすこ此所こゝに席を立つものがある。花道はなみちから出口でぐちへ掛けて、ひとかげすこぶいそがしい。三四郎は中腰ちうごしになつて、四方しほうをぐるりと見廻みまはした。てゐるはづひと何処どこにも見えない。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
御母おつかさんが向側から、しきりに昨夜ゆふべの礼を述べる。御いそがしい所を抔と云ふ。三四郎は、いゝえ、どうせあそんでゐますからと云ふ。二人ふたりが話をしてゐるあひだ、よし子はだまつてゐた。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
代助は又いそがしい所を、邪魔にて済まないといふ様な尋常な云訳いひわけを述べながら、此無趣味なにはを眺めた。其時三千代をこんなうちへ入れてくのは実際気の毒だといふ気がおこつた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
いそがしいものだから、つい忘れた」
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)