いろ)” の例文
一室はことごとく目を注いだ、が、淑女は崩折くずおれもせず、やわらかつまはずれの、いろある横縦の微線さえ、ただ美しく玉に刻まれたもののようである。
革鞄の怪 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
私はその灰色をいろどる一点として、向うの波打際なみうちぎわ蹲踞しゃがんでいる兄さんの姿を、白く認めました。私は黙ってその方角へ歩いて行きました。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
緑とくれないにていろどりし花毛氈はなもうせんを敷詰めたる一室の正面にはだいなる硝子窓がらすまどありて、異国の旗立てし四、五そうの商船海上にうかびたるさまを見せたり。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
麦と葡萄ぶだう青白あおじらんだ平野の面に赤と紫の美しい線をいろどるのは、野生の雛罌粟コクリコと矢車草とがすべての畦路あぜみちと路傍とをうづめて咲いて居るのである。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
など云うたぐいかえで銀杏いちょうは、深く浅く鮮やかにまたしぶく、紅、黄、かちあかね、紫さま/″\の色に出で、気の重い常緑木ときわぎや気軽な裸木はだかぎの間をいろどる。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
一つ一つ灯がつく、いろどられた銀杏いちやうの淋しさに鳥は鳴いてゆくのであつた。彼女はその時初めて心のなかにうつした男の戀しさを考へたのである。
三十三の死 (旧字旧仮名) / 素木しづ(著)
幇間たいこもちでは東川喜久八が洗錬されていて、十八番は江戸前の獅子。市川音頭も彼の作詩で例年夏の夜を、江戸川花火、七いろの光を浴びては妓たちが踊る。
艶色落語講談鑑賞 (新字新仮名) / 正岡容(著)
若しその手が水の中でしばらく浸つてゐれば、水は白いふくらみを持つて來る。朱いさかなのいろが溶けて水があかくなるといふことも、あり得るわけである。
末野女 (旧字旧仮名) / 室生犀星(著)
脂粉にいろどられた傾国けいこくの美こそなかったかも知れないが、美の価値を、自分の目の好悪こうおによって定める、男の鑑賞眼は、時によって狂いがないとはいえない。
樋口一葉 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
漢中の街は、邪宗門のあくどいいろで塗りつぶされ、廟門には豚、鶏、織物、砂金、茶、あらゆる奉納品が山と積まれ、五斗入り袋は、十倉の棟にいっぱいになる。
三国志:08 望蜀の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
世界にしる澎湃ほうはいたる怒濤が死ぬに死なれない多感の詩人の熱悶苦吟に和して悲壮なる死のマーチを奏する間に、あたかも夕陽いりひ反映てりかえされて天も水も金色こんじきいろどられた午後五時十五分
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
総ての濁った複色のいろは影を潜め、モネーの画に見る様な、強烈な単色ばかりが、海と空と船と人とを、めまぐるしい迄にあざやかに染めて、其の総てを真夏の光が、押し包む様に射して居る。
かんかん虫 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
京弥の目はいつのまにかほのぼのとして美しい殺気にいろどられました。
一番美しいガラテアは、いろかがや
くもいろどりをそめて
全都覚醒賦 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
で、からつたつのそでから、萌黄もえぎむらさきとがいろけて、ツにはら/\とみだれながら、しつとりともつつて、つまくれなゐみだれし姿すがた。……
魔法罎 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
……これは互に成人してからの事である。夏をいろどる薔薇ばらの茂みに二人座をしめて瑠璃るりに似た青空の、鼠色に変るまで語り暮した事があった。
幻影の盾 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
吾人の蒐集品しゅうしゅうひん中にてその一例を求むれば、空に連なる薄暗き夜の山は濃き紫に、前方なる河水かすいは黒き藍色にいろどられたり。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
保護されない女といふものの、失うてゆく日々のいろはあざやかすぎ、見るさへ取りつくろへない未來がきは立つて來る。もろいものはもろいままで凋びてしまふ。
はるあはれ (旧字旧仮名) / 室生犀星(著)
青野ヶ原の彼方かなた美濃みの近江おうみの山々のかげへと——荘美な夕雲のいろだけを残して、刻々、沈んでゆく落日の大悲光こそ、さながら、やがて大坂城に、雄図ゆうとの多恨と身辺の情恨をのこして
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
宗教画にいろどられた高い門をくゞつてにぎやかな街へ出た。朴氏は勧工場くわんこうばへ私をれて行つたが、私は汽車賃がいづれ又追加される様な気がして莫斯科モスコオの記念の品も買ふ気にはなれなかつた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
大麦は苅られ、小麦は少し色づき、馬鈴薯や甘藷さつまいも草箒くさほうきなどが黒い土をいろどって居る。其間をふといはりがねを背負って二本ずつ並んで西から北東へ無作法ぶさほうに走って居るのが、東京電燈の電柱である。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
と命をいだく羽織の下に、きっと手を掛けた女の心は、錦のあやに、緋総ひぶさの紐、身を引きしめたおぼろの顔に、いろある雲が、さっと通る。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
唇の動く間から前歯のかどいろどる金の筋がすっと外界にうつる。敵は首尾よくわが術中におちいった。藤尾は第二の凱歌を揚げる。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
しかし八丁堀の通には夜店が出ていて人通りもにぎやかなので、知らず知らず歩いて桜橋さくらばしまで来ると、堀割の彼方かなたに銀座の火影が遠く空一帯をいろどっている。
ひかげの花 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
そう思いつのる日もあり、夜もありつつも、少年の一面には、この泉州せんしゅうさかいという港場のもつ絢爛けんらんな文化だの、異国的な街だの、船舶のいろだの、そこに住む人たちの豪奢な生活だのにも
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
娘は踊る、山にゐた時、にしきのつづれ、焦げた黄のいろ、簪をまくらに娘はやすみます。草の淺處あさどに水もある。水のあるところでは安らかに、親子二人は生きられるのだと、父のうはばみは喋つた。
末野女 (旧字旧仮名) / 室生犀星(著)
二株三株ふたかぶみかぶ熊笹くまざさが岩の角をいろどる、向うに枸杞くことも見える生垣いけがきがあって、外は浜から、岡へ上る岨道そばみちか時々人声が聞える。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
桔梗ききょう、萩、女郎花おみなえし一幅いっぷくの花野が水とともに床に流れ、露を縫った銀糸の照る、いろある女帯が目を打つと同時に、銑吉は宙を飛んで、階段を下へね落ちた。
神鷺之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
おんかずらに高々と、飛ぶ鳳凰おおとり、九ツの龍、七いろの珠などちりばめた金冠を載せ、天然無双の眉目みめのおんほほ笑みを、まばゆいばかりに、こぼしておられる。——その雪のおんはだ美妙みみょうかおり。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
暮れんとする春の色の、嬋媛せんえんとして、しばらくは冥邈めいばくの戸口をまぼろしにいろどる中に、眼もむるほどの帯地おびじ金襴きんらんか。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
此日このひ本線ほんせんがつして仙台せんだいをすぐるころから、まちはもとより、すゑの一軒家けんやふもと孤屋ひとつやのき背戸せどに、かき今年ことしたけ真青まつさをなのに、五しき短冊たんざく、七いろいとむすんでけたのを沁々しみ/″\ゆかしく
十和田湖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
信長はそれを、まなこに映じ、耳に聴き、舌に知り、城街全体のいろ
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
比較的けわしい曲りくねった坂を一つ上った時、車はたちまちとまった。停車場ステーションでもないそこに見えるものは、多少のしもいろどられた雑木ぞうきだけであった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
薄紅ときいろ撫子なでしこと、藤紫ふじむらさき小菊こぎくかすかいろめく、友染いうぜんそつ辿たどると、掻上かきあげた黒髪くろかみ毛筋けすぢいて、ちらりと耳朶みゝたぼと、さうして白々しろ/″\とある頸脚えりあしが、すつとて、薄化粧うすげしやうした、きめのこまかなのさへ
続銀鼎 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
幸にして余の原稿が夫程それほどの手数がはぶけたとて早く出来上る性質のものでもなし、又ペンにすれば余の好むセピヤ色で自由に原稿紙をいろどる事が出来るので
余と万年筆 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
宗助そうすけ御米およねの一生を暗くいろどった関係は、二人の影を薄くして、幽霊ゆうれいのような思をどこかにいだかしめた。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
宗助そうすけ御米およね一生いつしやうくらいろどつた關係くわんけいは、二人ふたりかげうすくして、幽靈いうれいやうおもひ何所どこかにいだかしめた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
それをいろどる黄葉こうようの濃淡がまたあざやかな陰影の等差を彼の眸中ぼうちゅうに送り込んだ。しかし眼界のひろい空間に対している津田と違って、清子の方は何の見るものもなかった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
要するに水でもでも、人の顔でもすべてあなたの眼にうつるものは、決して彫刻的にあなたを刺戟しげきしていないように見えます。全く絵画的にあなたのひとみいろどるのだろうと思います。
木下杢太郎『唐草表紙』序 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
陰鬱いんうつな冬の夕暮を補なう瓦斯ガスと電気の光がぽつぽつそこらの店硝子みせガラスいろどり始めた。ふと気がついて見ると、敬太郎から一間ばかりの所に、廂髪ひさしがみった一人の若い女が立っていた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
書齋しよさいはしらにはれいごとにしきふくろれた蒙古刀もうこたうがつてゐた。花活はないけには何處どこいたか、もう黄色きいろはなしてあつた。宗助そうすけ床柱とこばしら中途ちゆうとはなやかにいろどるふくろけて
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
みどりの枝を通す夕日を背に、暮れんとする晩春の蒼黒く巌頭をいろどる中に、楚然そぜんとして織り出されたる女の顔は、——花下かかに余を驚かし、まぼろしに余を驚ろかし、振袖ふりそでに余を驚かし
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
書斎の柱には、例のごとく錦の袋に入れた蒙古刀もうことうがっていた。花活はないけにはどこで咲いたか、もう黄色い菜の花がしてあった。宗助は床柱の中途をはなやかにいろどる袋に眼を着けて
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)