さなが)” の例文
同乗するとうことが、信一郎には、さながら美しい夢のような、二十世紀の伝奇譚ロマンスの主人公になったような、不思議なよろこびを与えてれた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
不思議なほど濃紫こむらさき晴上はれあがった大和の空、晩春四月の薄紅うすべにの華やかな絵のような太陽は、さながら陽気にふるえる様に暖かく黄味きみ光線ひかり注落そそぎおとす。
菜の花物語 (新字新仮名) / 児玉花外(著)
いばらやかやの為めに傷ついた足や手から血を流してゐる事も知らぬらしく夢中によろ/\と歩いてゐる彼の姿はさながら夢遊病者のやうであつた。
其処そこから西方の斜面を瞰下みおろした景色が尤も高山的で、少し下ると懐しい偃松がさかんに枝を延している、さながら旧知の人に握手でも求めているように。
秩父の奥山 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
重太郎は再び枯木をくと、霧は音もせずに手下てもとまで襲って来て、燃えあがる火の光はさながしゃに包まれたるようおぼろになった。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
巴里パリイ倫敦ロンドンを経て来た旅客りよかくに取つて狭いの郡市の見物は地図一枚を便りにするだけで案内者を頼む必要も無くさながふくろの中を探る様に自在である。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
いはんや無用なる新用語を作り、文芸の批評を以てさながら新聞紙の言論が殊更問題を提出して人気を博するが如き機敏をのみ事とするにおいてをや。
矢立のちび筆 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
が三度目の私の呼び声で、青い顔はムクムク動いた、そしてさながら、空中を飛ぶ生首のように暗い房にフワフワと浮いて、私の面前めんぜんへどっと飛んで来た。
怪談 (新字新仮名) / 平山蘆江(著)
看るからに万物生動の意はわが霊魂たましひを掩へる迷妄まよひの雲をかき払ひて我身さながら神の光のなかにかけりゆくここちす。
松浦あがた (新字旧仮名) / 蒲原有明(著)
こんな有樣で二階に居る身も氣が氣でない。さながら自分等があの亂暴な野卑な催促を受けて居るかのやうで二人とも息を殺して身を小さくしてすくんでゐたのである。
一家 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
とかくして、浴後の褌一つに、冬をも暑がってホッホッという太息、見れば全身さながら茹蛸のようだ。
残されたる江戸 (新字新仮名) / 柴田流星(著)
その他に至りては、これをること、さながら外国の山岳の如くなるは、遺憾にあらずや。
山を讃する文 (新字旧仮名) / 小島烏水(著)
咽をカラアにしめられてしきりに堅睡かたづをのむ猪首ゐくびのすわり可笑しく、胸をシヤツ胴衣チヨツキせばめられてコルセツトを着けたるやうに呼吸苦しく、全体さながら糊されし様に鯱張しやちばりかへつて
燕尾服着初めの記 (新字旧仮名) / 徳冨蘆花(著)
そのうちまたも博士の心は、さながら物に誘われるように、はげしく劇しく波打った。博士はクルリと身をかえし、またも奥の方へ走り出した。石の廊下は斜角をなし、どこ迄もどこ迄も続いている。
木乃伊の耳飾 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
その有様はさながかなえの沸くが如く、中にもお町は悲哀胸に迫って欄干につかまったまゝ忍び泣をして居りまする。さて三宅島は伊豆七島のうちでありまして、最も罪人の沢山まいる処であります。
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
東北地方は既に厳霜凄風げんそうせいふうたれて、ただ見る万山ばんざんの紅葉はさながらに錦繍きんしゅうつらぬるが如く、到処秋景惨憺いたるところしゅうけいさんたんとして、蕭殺しょうざつの気が四隣あたりちているこうであった、ことにこの地は東北に師団を置きて以来
雪の透く袖 (新字新仮名) / 鈴木鼓村(著)
こういってさながら本統の子供ででもあるかの如く色んな事を言い聞かせた。
モルモット (新字新仮名) / 細井和喜蔵(著)
じつにどうも癪に障るが、その晩の芦洲の口演を、ヂッと楽屋で聴いてゐると、その描写の巧さ、義賊も侠客も御家人ごけにん美妓びぎもみなさながらの浮彫りで、つい給金を呉れない不平など忘れてしまふ。
落語家温泉録 (新字旧仮名) / 正岡容(著)
彼はさながら子供のやうな好奇心をもつてあたりを眺めまはした。
(新字旧仮名) / 有島武郎(著)
養痾ようあのためにかえって用事が多くなるわけなので風邪かぜ引かぬ用心に寒気を恐るる事はさながら温室の植物同然の始末である。
雨瀟瀟 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
彼奴きゃつ、どうするかと息をひそめてうかがつてゐると、かれは長き尾を地にき二本の後脚あとあしもっ矗然すっくと立つたまゝ、さながら人のやうに歩んで行く、足下あしもと中々なかなかたしかだ。
雨夜の怪談 (新字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
そこは峠の絶頂で眼の下に底知れぬ闇の如く黒くひろがつてゐる千々岩灘ちゞはなだが一眼に見え、左手にはさながら生ける巨獣の頭の如く厖大に見える島原の温泉嶽うんぜんだけ蜿々ゑん/\と突き出てゐる。
田園の風致いよいよこまやかな頃、今戸焼の土鉢に蒔きつけた殻の青々と芽生えて、さながら早苗などの延びたらんようなるに、苧殻おがらでこしらえた橋、案山子人形、魚釣りなんどを按排し
残されたる江戸 (新字新仮名) / 柴田流星(著)
そうかと思うと又或者は岩の狭間から微な鳴動と共にさかん濛々もうもうたる白烟を噴出している。さながら温泉の化物屋敷の縮図だ。十間とは隔てぬ向う岸には硫黄の沈澱している処がすくなくない。
黒部川を遡る (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
(前略)……彼の歓喜限り無くさながら蚊竜時に会うて天に向かつてのぼるが如く多年羨み望みたる所の家財調度を買求め、家の隣の空地を贖ひ、多くの工匠を召し集めて、数奇を凝らせる館を築けば
高島異誌 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
男体なんたい女体にょたい二つ並んで水と空の間にゆったりと立った筑波が、さながらに人のようで、またさらに二親ふたおやのように思われて、其のゆったりとしてやさしく大きく気高く清い姿がなつかしくてなつかしくて
漁師の娘 (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
この時この瞬間、さながら風の如き裾の音高く、化粧の夜気やきに放ち、忽如こつじよとして街頭の火影ほかげ立現たちあらはるゝ女は、これよるの魂、罪過と醜悪との化身けしんに候。
夜あるき (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
岩と岩との間は飛んで渡るより他はない、二人は蛇のような山蔦やまづたの太いつるすがって、さながら架空線を修繕しゅぜんする工夫こうふのように、宙にぶらさがりながら通り越した。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
これと共に公衆の俳優に対する愛情もまたその性質を変じて、たとへば武道荒事あらごとの役者に対してはさなが真個しんこの英雄を崇拝憧憬しょうけいするが如きものとなれり。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
其中そのうちに、叔父が不図ふと見ると、田をへだてたる左手ゆんでの丘に一匹の狐がゐて、さながまねくが如くに手をげてゐる。
雨夜の怪談 (新字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
寺の門はさながら西洋管絃楽の序曲プレリュードの如きものである。最初に惣門そうもんありその次に中門ちゅうもんあり然る後幽邃なる境内あってここに始めて本堂が建てられるのである。
穴は極めて低く狭いので、普通の人間には通行甚だ困難であったが、人々はさなが蝦蟇ひきのようになってわずかに這い抜けた。行くにしたがって水の音が漸々だんだんに近く聞えた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
さながら山嶽を望むが如く唯茫然ぼうぜんとしてこれを仰ぎ見るの傾きあるに反し、一度ひとたびそのを転じて、個性に乏しく単調にして疲労せる江戸の文学美術に対すれば
浮世絵の鑑賞 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
さなが山嶽さんがくを望むが如く唯茫然ぼうぜんとしてこれを仰ぎ見るの傾きあるに反し、一度ひとたびそのを転じて、個性に乏しく単調にして疲労せる江戸の文学美術に対すれば
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
あまりに烈しい無數の色彩いろの變轉に、さながら夜と共に消えて了ふ夕燒の雲の光に眼を射られたやう、私の心は唯だ無暗に強烈な色彩の幻影ばかりに滿されて
歓楽 (旧字旧仮名) / 永井荷風永井壮吉(著)
夏のうち仕舞ひ込みたる押入のちりに大分光沢つやうせながらしかも見馴れたる昔のままの形して去年ありける同じき処に置据おきすゑられたるさながら旧知の友に逢ふが如し。
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
牡丹ぼたん芍薬しゃくやくの花極めて鮮妍せんけんなれどもそのおもむき決してダリヤと同じからず、石榴花ざくろ凌宵花のうぜんかつらさながら猛火の炎々たるが如しといへどもそは決して赤インキの如きにはあらず。
一夕 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
自分は僅か三四時間の道をさながはてのない絶望の國へ流されて行くやうな心持で、漸く國府津の停車場ステイシヨンにつき、其れからは又極めて進行の遲い電氣鐵道に乘つた。
新帰朝者日記 (旧字旧仮名) / 永井荷風(著)
種田の家は或時はさながら講中の寄合所、或時は女優の遊び場、或時はスポーツの練習場もよろしくと云う有様。そのさわがしさには台所にも鼠が出ないくらいである。
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
金殿玉楼きんでんぎょくろうその影を緑波りょくはに流す処春風しゅんぷう柳絮りゅうじょは雪と飛び黄葉こうよう秋風しゅうふう菲々ひひとして舞うさまを想見おもいみればさながら青貝の屏風びょうぶ七宝しっぽうの古陶器を見る如き色彩の眩惑を覚ゆる。
諄々じゅんじゅんとしてわが身のことを説きさとさるるさまさながら慈母のを見るが如くならずや。この一書によりてわが三田に入りし当時の消息もまたおのづから分明ぶんめいなるべし。
書かでもの記 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
されど事実はなほそれら諸家の門人の業をつぎて明治に及べるものすくなからず。余はさながら夜半の落月を見るが如き感慨を以て明治における衰滅期の浮世絵に接せんとす。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
今の世はたださえ文学美術をその弊害からのみ観察してさながら十悪七罪の一ツの如くいとい恐れている時、ここに日常の生活に芸術味を加えて生存の楽しさを深くせよといわば
妾宅 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
夜中に何心なく便所はばかりへ下りて見ると、いつの間にか他の一人のお客が女将とよろしく収っていたという話をば弁舌滔々とうとうさながら自分が目撃して来たもののように饒舌しゃべり立てた。
夏すがた (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「細雪」閲読の興味はさながらダヌンチオの小説を読んで伊太利イタリアの風物を想い見るが如くである。
細雪妄評 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
さながら山吹の花の実もなき色香を誇るに等しい放蕩ほうとうの生涯からは空しい痴情ちじょうの夢の名残はあっても、今にして初めて知る、老年の慰藉なぐさみとなるべき子孫のない身一ツのさびしさ果敢はかなさ。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
避姙はさながら選挙権の放棄と同じようなもので、法律はこれを個人の意志に任せている。
西瓜 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
いよいよ妾にして自分一人のものとめてしまうと、お千代の身体からだから感じられる濃厚な重い心持は、一日一日とさながら飴でも煑詰につめて行くようにますます濃厚になって行くように思われ
夏すがた (新字新仮名) / 永井荷風(著)
達し面目めんもくこの上なき旨申述ぶる中にも万一先生よりわが学歴その他の事につきて親しく問はるることあらば何と答へんかなぞさながら警察署へ鑑札受けに行きし芸者の如く独り胸のみ痛めけるが
書かでもの記 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
膝の上なる女の重みはさながら石か鐵を背に負ふやうな心持をさせる折も折、女は机の抽出ひきだしから、少しばかり卷紙の端の出てゐるのを見付けて、咄嗟の疑念と嫉妬から抽出の中を底まで見せてくれと
歓楽 (旧字旧仮名) / 永井荷風永井壮吉(著)