黐竿もちざお)” の例文
木村は今云ったような犬塚の詞を聞く度に、鳥さしがそっとうかがい寄って、黐竿もちざおさきをつと差し附けるような心持がする。そしてこう云った。
食堂 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
しこを売る声もきこえた。赤とんぼを追いまわる子供の黐竿もちざおも見えた。お君はうっとりとそれを眺めていると、内からお絹の弱い声が聞えた。
両国の秋 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
長い黐竿もちざおをかついで池の方へ通う近所の子供等も二階から見えた。そのうちに岸本は家の方から往来の片側を通って来る兄の姿を見かけた。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
若き、美しき女友達来てこれに加はり、親しげなる会話聞えはじむ。漁者と鳥さしと数人、網、釣竿、黐竿もちざお、その他の道具を
黐竿もちざおは届いたか、届かないか、分らぬが、鳥は確かに逃げたようだ。しかしもう一歩進んで見る必要がある。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
お前は私たちの後から、黐竿もちざおを肩にかついだ小さな弟と一しょに、魚籠びくをぶらさげて、ついてきた。私は蚯蚓みみずがこわいので、お前の兄たちにそれを釣針につけてもらった。
麦藁帽子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
継竿になった長い黐竿もちざおを携え、路地といわず、人家の裏手といわず、どこへでも入り込んで物陰に身を潜め、雀の鳴声に似せた笛を吹きならし、雀を捕えて去るのである。
巷の声 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
これが罪になって地獄の鉄札てっさつにでもかかれはせぬかと、今朝けさも仏様に朝茶あげる時懺悔ざんげしましたから、爺が勧めて爺がせというは黐竿もちざお握らせて殺生せっしょうを禁ずるような者で真に云憎いいにくき意見なれど
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
喧嘩けんかをして地に落ちようとする時などに聴かれるが、これと黐竿もちざおで刺された時とはよく似ていても、周囲にいる雀の態度は大分ちがうから、よく聴き分けたら多少の差があるのであろう。
黐竿もちざおを持った平吉の姿が、くっきりと浮び出した。
狐火 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
黐竿もちざおを手にして蜻蛉釣とんぼつりに余念がないという泉太や繁の遊び廻っている様子——耳に聞き眼に見るようにそれらの光景を思いやることの出来るのも、彼女からよこしてくれる手紙であった。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)