静穏せいおん)” の例文
旧字:靜穩
と云いかけて再び言葉をよどました。妻は興有りげに一心になって聞いている。庭には梧桐を動かしてそよそよとわたる風が、ごくごく静穏せいおんな合の手をいている。
太郎坊 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
ついに維新の前後より廃藩置県はいはんちけんの時に際し今日に至るまで、中津藩に限りて無事静穏せいおんなりし由縁ゆえんなり。
旧藩情 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
日々に訳す暗号電報から、味方の惨敗ざんぱいは明かであった。連日飛来ひらいする米機の様相から、上陸が間近であることも必至ひっしであった。不気味な殺気をはらんだ静穏せいおんのまま、季節は八月に入って行った。
桜島 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
疑うべき静穏せいおん! あやしむべき安恬あんてん! 名だたる親不知おやしらずの荒磯に差懸さしかかりたるに、船体は微動だにせずして、たたみの上を行くがごとくなりき。これあるいはやがて起らんずる天変の大頓挫だいとんざにあらざるなきか。
取舵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「昨夜はきわめて静穏せいおんでしたな。報告するほどの事件は一つもなかった。いや、正確に申せば只一件だけあった。深夜しんや池袋駅どまりの省線電車の中に、人事不省になった一人の男が鞄と共に残っていたというだけのことです」
鞄らしくない鞄 (新字新仮名) / 海野十三(著)