陸遜りくそん)” の例文
蜀を破ったこと疾風迅雷しっぷうじんらいだったが、退くこともまた電馳奔来でんちほんらいの迅さであった。で、勝ちおごっている呉の大将たちは、陸遜りくそんに向って
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
陸遜りくそんは呂蒙より十幾歳も年下だった。当時まだ呉郡の一地方におかれ、その名声は低く、地位は佐官級ぐらいに止まっていた。
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この輔弼ほひつに加えて、さらに、丞相顧雍こよう、上将軍陸遜りくそんをつけて共に太子を守らせ、武昌城において、孫権はまた、建業に還った。
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そのほか、汝陽じょよう呂蒙りょもうとか、呉郡の陸遜りくそんとか、瑯琊ろうや徐盛じょせいとか——実に人材雲のごとしで、呉のさかんなことも、故なきではないと思わせられた。
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
また右列には、程普ていふ黄蓋こうがい韓当かんとう周泰しゅうたい蒋欽しょうきん呂蒙りょもう潘璋はんしょう陸遜りくそんなどを始めとして、すべての武官、三十六将、各〻、衣冠剣佩をととのえて
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「呉軍の総司令は、こんど陸遜りくそんとかいう者に代ったそうだが、聞いたことのない人物である。たれか彼を知っておらぬか」
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
第四陣、太史慈たいしじ呂蒙りょもう、第五陣、陸遜りくそん董襲とうしゅう。——また呂範りょはん朱治しゅちの二隊には督軍目付の任を命ず。以上しかと違背あるな
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
兵符へいふをうけて、その発向を知った周瑜は、すぐ一軍を派して、南屏山なんびょうざんのいただきに大旗をさしあげ、まず先手の大将陸遜りくそんを迎え、続いて孫権の許へも
三国志:08 望蜀の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
輔国ほこく大将軍平北都へいほくと元帥に封ぜられた陸遜りくそんは、呉郡の朱桓しゅかん銭塘せんとう全琮ぜんそうを左右の都督となし、江南八十一州の精兵を擁して、三道三手にわかれて北上した。
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
呉の周魴しゅうほうが初めから陸遜りくそんしめし合せていたことなので、呉はこの好餌を完全に捕捉殲滅ほそくせんめつし去るべく、くから圧倒的な兵力をもって包囲かんを作りつつあったのである。
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
これなん一族の陸遜りくそんがひきいて来た十万の味方だった。
三国志:09 図南の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)