遊冶郎ゆうやろう)” の例文
してござったら昼でもならずものと遊冶郎ゆうやろうの多いところですから乱暴しないとも限りませんから、私がついて行ってさんじましょう
空中征服 (新字新仮名) / 賀川豊彦(著)
しかし拙者が肩を入れるとしてもだ、世間の金持の遊冶郎ゆうやろうのするように、大金をほうり出して、馬鹿を尽した引かせ方はせぬつもりじゃ。
大菩薩峠:19 小名路の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ローマの四人の遊冶郎ゆうやろうアルセジマルクス、フェドロムス、ディアボルス、アルジリッペは、クールティーユからラバテュの駅馬車に乗り込む。
それはじつに親鸞と、ただの遊冶郎ゆうやろうとの差異である。浄土に摂らるるものと、地獄に堕さるるものとの差異である。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
遊冶郎ゆうやろうがかッたるそうに帰って来る吉原組よしわらぐみの駕もあれば、昼狐につままれにゆく、勤番の浅黄裏あさぎうらもぼつぼつ通る。午後の陽ざしに、馬糞ばふんほこりが黄色く立つ。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
うらみと、ひがみいきどおりとをもって見た世に対して、わば復讎ふくしゅう的におのれが腕で幾多遊冶郎ゆうやろうを活殺して、そのくらい、その血をむることをもって、精魂の痛苦をいやそうとしたが
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
心も空に、吉原へ飛んで行く遊冶郎ゆうやろうの中に、たまたま諸行無常とか、色即是空しきそくぜくうとか言った後生気を出して、此乞食坊主の鉄鉢に、小銭を投り込んで行く人間も、まれにはあることでしょう。
種彦は丁度豊後節ぶんごぶし全盛の昔に流行した文金風ぶんきんふう遊冶郎ゆうやろうを見るように両手を懐中ふところに肩を落し何処どこを風がという見得みえで、いつのほどにか名高い隅田川すみだがわという酒問屋さかどんやの前あたりまで来たが、すると
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
ただしそれに、幾分か遊冶郎ゆうやろうめいたところがあった。ド・エスコバアルは生れつき係累がなく、外国種の風来坊で、学校にさえきちきちとは通わず、ただ校外生として聴講しているだけだった。
なぐり合い (新字新仮名) / パウル・トーマス・マン(著)
「剣客の覚悟、士の用意と、遊冶郎ゆうやろうの情死との間に、如何の差かある?」
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
遊冶郎ゆうやろうの楽しみはある」
嫁取婿取 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
吉原かむりといって遊冶郎ゆうやろう式なのもある。上の方へ巻き上げた米屋さんかむりというのもある。
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)