転輾てんてん)” の例文
悲劇はそこから生じて男は放蕩者はうたうものとなり、家は乱脈となり、紛争は転輾てんてん増大して、終に可なりの旧家が村にも落着いて居られぬやうになつた。
平将門 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
酒を知ってから、もう十年にもなるが、一向に、あの気持に馴れることができない。平気で居られぬのである。慚愧ざんき、後悔の念に文字どおり転輾てんてんする。
酒ぎらい (新字新仮名) / 太宰治(著)
そうして彼の言ったことが、ついには滑稽こっけいな様子で解剖台の上へ転輾てんてんとするのではあるまいかと思うと、彼は自分の狡猾こうかつな態度がのろわしくなって来た。
あめんちあ (新字新仮名) / 富ノ沢麟太郎(著)
ああ日本に義士なき、ああこの国辱をそそがんと欲するの烈士、三千七百万中一人いちにんも非ざる乎、条約改正なき、またむべなるかなと、内を思い、ほかを想うて、悲哀転輾てんてん懊悩おうのうえず。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
それからまた寝床へもどり転輾てんてんとしてるうちに疲労の極とろとろとして目をさましたら夜が白んでいた。私はとうとうたまりかねて下へおり姉を起して近処の先生をよんでもらった。
胆石 (新字新仮名) / 中勘助(著)
そこではもう転輾てんてんすることさえ許されないのだ。
冬の日 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
蜆ばかり食べさせられて胃痙攣いけいれんを起して転輾てんてんし、論語をひらいて、学而がくじ第一、と読むと必ず睡魔に襲われるところとなり、毛虫がきらいで、それを見ると
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
そうして彼は戸外の光をうるさいまでに浴びているかのように、床のなかで転輾てんてんとしていた。
あめんちあ (新字新仮名) / 富ノ沢麟太郎(著)
っと帰って来ればよかった、しまった、と後悔ほぞをむ思いに眠れず転輾てんてんしている有様なのだから、偉いどころか、最劣敗者とでもいうようなところだ。
鉄面皮 (新字新仮名) / 太宰治(著)
男爵は、けれども、その夜は、流石さすがに自分の故郷のことなど思い出され、床の中で転輾てんてんした。
花燭 (新字新仮名) / 太宰治(著)
自分の幸福の観念と、世のすべての人たちの幸福の観念とが、まるで食いちがっているような不安、自分はその不安のために夜々、転輾てんてんし、呻吟しんぎんし、発狂しかけた事さえあります。
人間失格 (新字新仮名) / 太宰治(著)
たった一つ、芥子粒けしつぶほどのプライドがある。それは、私が馬鹿であるということである。全く無益な、路傍の苦労ばかり、それも自ら求めて十年間、転輾てんてんして来たということである。
困惑の弁 (新字新仮名) / 太宰治(著)
ばかな事と知りながら実行して、あとで劇烈な悔恨の腹痛に転輾てんてんする。なんにもならない。いくつになっても、同じ事を繰り返してばかりいるのである。こんどの旅行も、これは、ばかな旅行だ。
佐渡 (新字新仮名) / 太宰治(著)
転輾てんてんする。くるしい。閉口し切って、ナンマンダ、ナンマンダ、と大声挙げて、百遍以上となえたこともある。そんなときに、たまらず起きて、ひやざけを茶碗で二杯、いや三杯も呑むことがある。
春の盗賊 (新字新仮名) / 太宰治(著)
転輾てんてん、わが胸の奥底ふかく秘め置きし、かの、それでもやっと一つ残し得たかなしい自矜じきょう、若きいのち破るとも孤城、まもり抜きますとバイロン卿に誓ったおきて、苦しき手錠、重い鉄鎖、いま豁然かつぜん一笑
創生記 (新字新仮名) / 太宰治(著)