薄痘痕うすあばた)” の例文
『まあ、私共始め、左様さういふことを伺つて見ますと、あまり好い心地こゝろもちは致しませんからなあ。』と薄痘痕うすあばたの議員が笑ひ乍ら言葉を添へる。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
この連中の顔は、肥えて丸々していて、中には疣の出来たのもあり、また薄痘痕うすあばたのもある。
うめくやうに言つて、ぶる/\と、ひきつるが如く首をる。かれは、四十ばかりの武士さむらいで、黒の紋着もんつきはかま足袋跣たびはだしで居た。びん乱れ、もとどりはじけ、薄痘痕うすあばた顔色がんしょく真蒼まっさおで、両眼りょうがんが血走つて赤い。
妖魔の辻占 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
薄痘痕うすあばたのある、背の高い男で、風采は何所どことなく田舎臭ゐなかくさいところがあるが、其の柔和な眼色めつきうちには何所どことなく人を引付ける不思議の力がこもつて居て、一見して、僕は少なからず気に入つた。
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
いつか小歌が落語はなしが面白いと云ったことをおもい出して、必定ひつじょうそれと自分もうか/\寄席へ這入り、坐を定めかねて立って居た今の両人ふたりの前へ廻って見ると、似ても似つかぬ三十近い薄痘痕うすあばた
油地獄 (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
「ナニさ商売道によって賢く、猫の蚤とりのこの業で、諸家様へ立ち入り立ち寄りますので、自然家族の多寡有無、知られ感じられるというまでで。……薄痘痕うすあばたのある四十男など、ご家内中にはおりますまいな?」
猫の蚤とり武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
と顔に薄痘痕うすあばたのある商人の出らしい議員が言出した時は、其処に居並ぶ人々は皆笑つた。『彼は彼、是は是』と言つただけで、其意味はもう悉皆すつかり通じたのである。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
枯々な桑畠くはばたけの間には、其車の音がから/\と響き渡つて、いて行く犬の叫び声も何となく喜ばしさうに聞える。心の好い叔父は唯訳も無く身を祝つて、顔の薄痘痕うすあばた喜悦よろこびの為に埋もれるかのやう。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)