さび)” の例文
叔母はさびれた秋口の湯治場に、長く独りで留まっていられなかった。宿はめっきりひまになって、広くて見晴しのよい部屋が幾個いくつも空いていた。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
しかし声は少しさびを帯びた次高音になっているのである。
木精 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
町幅のだだっ広い、単調で粗雑がさつな長い大通りは、どこを見向いても陰鬱に闃寂ひっそりしていたが、その癖寒い冬の夕暮のあわただしい物音が、さびれた町の底におどんでいた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
これまで長いあいだいやいや執着していた下宿生活のさびれたさまが、一層明らかに振りかえられた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
家のさびれている様子が、ひしひしお庄の胸に感ぜられた。お庄が行くときやとい入れた女中の姿も見えず、障子の破けた台所の方もひっそりして、二階にも人気がなかった。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
さびれたその町に包まれた自分の青年時代の厭な記憶に、おもてそむけたいような心持になった。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
上って行くと、さびれたような家の空気が、お庄の胸にもしみじみ感ぜられた。母親は、この界隈かいわい内儀かみさんたちの着ているような袖無しなどを着込んで、裏で子供の着物を洗っていた。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)