茫乎ぼうこ)” の例文
今日に到るまで茫乎ぼうことして、推理の範囲外にある事実と同時に「つくし女塾内には呉一郎母子おやこと、女塾生に関する以外の事跡を認めず」
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
始めは茫乎ぼうことして際涯のなかりしもののうちに何となくある正体のあるやうに感ぜられるほどになりたるは五、六カ月の後なり。
『文学論』序 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
顔面の剥脱して表情を失っているのも茫乎ぼうことして神々こうごうしい。同時に無邪気であり、生のみちあふれたよろこびと夢想の純潔を示す。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
二葉亭に接近してこの鋭どい万鈞ばんきんの重さのある鉄槌に思想や信仰を粉砕されて、茫乎ぼうことして行く処をうしなったものは決して一人や二人でなかったろう。
二葉亭余談 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
すべてそれらの凶暴な高地は茫乎ぼうこと現われきたって、その上には、互いに殲滅せんめつし合う幽鬼の旋風が荒れ狂っている。
かえりみて明治前後日本の藩情如何いかん詮索せんさくせんと欲するも、茫乎ぼうことしてこれをもとむるにかたきものあるべし。
旧藩情 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
おのの味を知らぬ原始の森は、その中へ踏み入るにしたがって一層威大な力を見せ、すなわち赫灼かくしゃくたる夏の日光さえその光を遮られ、森林の中は茫乎ぼうことして宵闇のさまを呈している。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
過去世に人間の遠祖が当身そのみ巨大怪異の爬虫輩の強梁跋扈きょうりょうばっこに逢った事実を幾千代後の今に語り伝えて茫乎ぼうこ影のごとく吾人の記憶に存するものが竜であるという説のみでは受け取れず
童顔で、いまの日本人には誰にもないような、茫乎ぼうことした大味なところがある。
人外魔境:05 水棲人 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
見かけは茫乎ぼうことしてつかまえどころがないが、これで相当の奇才。江戸一の捕物の名人などとおだてあげるものもいる。実際のところはそれほどでもあるまい、たぶん評判だけのことであろう。
顎十郎捕物帳:13 遠島船 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
茫乎ぼうこたる 宇宙の内
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
主人は茫乎ぼうことして、その涙がいかなる心理作用に起因するかを研究するもののごとく、袴の上と、つ向いた雪江さんの顔を見つめていた。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)