磯部いそべ)” の例文
きょうもまた無数の小猫の毛を吹いたような細かい雨が、磯部いそべの若葉を音もなしに湿らしている。家々の湯の烟りも低く迷っている。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
彼には義雄の家で用向のために待受ける約束の人があり、保養らしい保養もしないでいるあの兄を誘って磯部いそべあたりまで行って見たいという心があった。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
今歳ことしのなつの避暑へきしよには伊香保いかほかんか磯部いそべにせんか、ひとおほからんはわびしかるべし、うしながら引入ひきいれる中川なかゞはのやどり手近てぢかくして心安こゝろやすところなからずやと
たま襻 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
さて、お話も次第に申し尽し、種切れに相成りましたから、何かい種を買出したいと存じまして、或お方のお供を幸い磯部いそべへ参り、それから伊香保いかほの方へまわり
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
これは今日の志州ししゅう磯部いそべ伊雑神宮いぞうじんぐうの地であって、いわゆる常世とこよなみ重浪しきなみするなぎさでもあった。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
こういう大事なときに、私は奇禍のため聴力を失い、同志の人たちから脱落してしまいました。たぶんご存じでしょう、一昨年の二月、磯部いそべの砂浜で大砲の試射をしました。
失蝶記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
磯部いそべ松井田まついだからかよって来る若い人々のそそり唄も聞えなくなった。秋になると桑畑には一面に虫が鳴く。こうして妙義の町は年毎に衰えてゆく。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
磯部いそべの三景楼というは、碓氷川うすいがわの水声を聞くことも出来て、信州に居る時分よく遊びに行った温泉宿だ。
芽生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
また『俚言集覧』に志摩磯部いそべ村に矢立の茶屋あり、俚俗に日本の家の建て始めという。今も表の方はむしろを用いて戸とすと見えている。もちろんヤタテの音から出た作り話であろう。
地名の研究 (新字新仮名) / 柳田国男(著)