瘴気しょうき)” の例文
旧字:瘴氣
夜更よふけの往来はもやと云うよりも瘴気しょうきに近いものにこもっていた。それは街燈の光のせいか、妙にまた黄色きいろに見えるものだった。
彼 第二 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
しかし、それは神経の病的作用でもなく、勿論妖しい瘴気しょうき所業しわざであり得よう道理はない。すでに法水は、墓𥥔ぼこうの所在を知っていたのである。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
まるで目に見えぬ瘴気しょうきの湧きあがるように不吉な空気が追々おいおい色を深め、虫のついた大黒柱のように家ぐるみひたむきに没落の道をたどっていたのだった。
三狂人 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
瘴気しょうきのような薄い霧。死んだ岩と熔岩。この永遠の沈黙のなかで、一羽の黒鷹が、ゆるゆると輪をかきながら飛んでいた。まるで、地獄のような景色だった。
地底獣国 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
残暑の日が長たらしく続き、それが水の上の生活を沙漠さばくに咲き誇る石鹸天さぼてんの様に荒廃させた。密度の高い瘴気しょうきが来る日も来る日も彼等の周囲をめて凝固してゐた。
水に沈むロメオとユリヤ (新字旧仮名) / 神西清(著)
そして、反抗や焦燥や、すべてほんとの心の足並みを阻害する瘴気しょうきき浄められた平静と謙譲とのうちに、とり遺された大切な問題が、考えられ始めたのである。
地は饒なり (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
女子は、家庭に坐っていることが多いのであるから、炎熱や瘴気しょうきの苦しみを受けることが少ないであろう。彼らは一般に不節制から生ずる病気に罹ることは少ないであろう。
するとほどなくあの婆娑羅の神が、まるで古沼の底から立つ瘴気しょうきのように、音もなく暗の中へ忍んで来て、そっと女の体へ乗移るのでしょう。
妖婆 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
湿林の瘴気しょうきがコレラのような症状を起させ、一夜の衰弱で目はくぼみ、四人はひょろひょろと抜け殻のように歩いてゆく。
人外魔境:01 有尾人 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
瘴気しょうきのような薄い霧が仄暗く立ち迷い、驚くほど高い地殻の罅隙(たぶん噴火口であろうと思われる)からくる黄昏のようなおぼろ気な光がぼんやりと遍満へんまんしている。
地底獣国 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
咽喉いんこうを害し睡眠を妨げられるばかりでなく、しだいに視力さえも薄れてくるのだから、自然そうした瘴気しょうきに抵抗力の強い大型な黄金こがね虫ややすでやむかで、あるいは
白蟻 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
そこからは、れいきれ切った、まったくたまらない生気が発散していて、その瘴気しょうきのようなものが、草原の上層一帯を覆いつくし、そこを匂いの幕のように鎖していた。
白蟻 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
漂徨ひょうこうと泥と瘴気しょうきとおそろしい疲労が、まずこの男のうえに死の手をのべてきたのだ。
人外魔境:01 有尾人 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
けれども、予測に反して、降矢木一族の表面には沼気ほどの泡一つ立たなかったのだが、恐らくそれと云うのも、その瘴気しょうきのような空気が、未だ飽和点に達しなかったからであろうか。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
しかし、こう法水から明らさまに指摘されてしまうと、この事件の犯罪現象よりも、その中に陰々とした姿で浮動している瘴気しょうきのようなものの方に、より以上慄然ぞっとくるものを覚えるのだった。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)