疇昔ちゅうせき)” の例文
未だ技の疇昔ちゅうせきに及ぶものなく、今し音曲の江戸趣味はこれらには残れ、どうやら灯将に尽きんとして更に明を加うというような感がしてならぬ。
残されたる江戸 (新字新仮名) / 柴田流星(著)
諸王不穏の流言、ちょうに聞ゆることしきりなれば、一日帝は子澄を召したまいて、先生、疇昔ちゅうせき東角門とうかくもんの言をおぼえたもうや、とおおす。子澄直ちにこたえて、あえて忘れもうさずともうす。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
礮台を品海に築けば則ち曰く、「疇昔ちゅうせきの戯談呆堞ぼうちょうる、当今の急務元戎げんじゅうにあり」と。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
疇昔ちゅうせきの日わたくしは鹿嶋屋清兵衛かじまやせいべえさんの逸事に本づいて、「百物語」をあらわした。文中わたくしの鹿嶋屋をことばに、やや論讃に類するものがあった時、一の批評家がわたくしの「僭越」を責めた。
細木香以 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
古城は疇昔ちゅうせきにあらず
余ヤ土陽僻陬どようへきすうノ郷ニ生レ幼時早ク我父母ヲうしなヒ後初メテ学ノ門ニ入リ好ンデ草木ノ事ヲおさまた歳華さいかノ改マルヲ知ラズ其間斯学ノタメニハ我父祖ノ業ヲ廃シ我世襲せしゅうノ産ヲ傾ケ今ハ既ニ貧富地ヲ疇昔ちゅうせき煖飽だんぽうハ亦いずレノ辺ニカ在ル蟋蟀こおろぎ鳴キテ妻子ハ其衣ノ薄キヲ訴ヘ米櫃べいき乏ヲ告ゲテ釜中ふちゅう時ニ魚ヲ生ズ心情紛々いずくんゾ俗塵ノ外ニ超然ちょうぜんタルヲ
疇昔ちゅうせきは簾かかげた屋形船に御守殿姿具しての夕涼み、江上の清風と身辺の美女と、飛仙を挟んで悠遊した蘇子の逸楽を、グッと砕いて世話でいったも多く、柳橋から枕橋
残されたる江戸 (新字新仮名) / 柴田流星(著)
自分は一年ぜんに抽斎と藩政上の意見を異にして、一時絶交の姿になっていた。しかし抽斎との情誼じょうぎを忘るることなく、早晩疇昔ちゅうせきしたしみを回復しようと思っているうちに、図らずも抽斎に死なれた。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)