沓脱くつぬ)” の例文
たぶん裏から忍びこんだものであろう、縁さきの沓脱くつぬぎ石に片足をかけ、甲斐のほうを注視しながら、静かな声で云った。
信子は独り彼の後から、沓脱くつぬぎの庭下駄へ足を下した。足袋を脱いだ彼女の足には、冷たい露の感じがあつた。
(新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
この家の下男がとんで来て履物はきものをそろえた。沓脱くつぬぎ石の上でそれをつっかけながら、左手に握っている刀のさげ緒を右手でびんびん引っぱっているのであった。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
こう考えたので、彼は、一応、屋敷のぐるりを見て置こうと決心し、幸いに、手洗鉢ちょうずばちのそばの沓脱くつぬぎに、庭下駄が一足あったので、それを突っかけて、奥庭の上に出た。
好色破邪顕正 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
と、助次郎、今夜も、かなり酔いがまわっているように見えたが、縁側から、沓脱くつぬぎに揃えてあった、庭下駄を突っかけて下りると大股に、雪之丞の側に歩み近づいて
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
その明るい障子が、静かに中からあいて、デップリした人影が現われたのを見たとき、庭の沓脱くつぬぎの下にすわっているお美夜ちゃんは小さなからだが、ガタガタふるえだした。
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
毎日道場へ通って来る五十嵐駒雄いがらしこまおという門弟が、大急ぎで走って来たからでもあろう、荒い呼吸をハッハッとつきながら、沓脱くつぬぎの上に立っていたが鈴江の姿を眼に入れると
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
島吉は、男用のゴムの長靴を椽先の沓脱くつぬぎの上に並べた。
酋長 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
広縁に一人倒れ、広縁の下にもう一人、半身を沓脱くつぬぎ石にもたれて、居眠りでもしているように倒れているのが見えた。
艶書 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
しかも私がくるまの上へ靴の片足を踏みかけたのと、向うの俥が桐油とうゆを下して、中の一人が沓脱くつぬぎへ勢いよく飛んで下りたのとが、ほとんど同時だったのです。
開化の良人 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
と、沓脱くつぬぎから三つ四つむこうの飛び石の上に、おなじく低い声があった。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
(下駄が沓脱くつぬぎに揃えてあった。外へ出て行ったはずはない。変だ!)
血煙天明陣 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
はかまをはき、刀を持てばよい、広縁のきしみを除けて、沓脱くつぬぎの草履をさぐり当てた。そうして前庭へ出てゆくとたん、うしろから伝九郎の声がした。
泥棒と若殿 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
内へ帰つて見ると、うす暗い玄関の沓脱くつぬぎの上に、見慣れたばら緒の雪駄せつたが一足のつてゐる。馬琴はそれを見ると、すぐにその客ののつぺりした顔が、眼に浮んだ。
戯作三昧 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
庭の沓脱くつぬぎ石の上に木犀もくせいの枝のったのが捨ててあり、縁側に花鋏はなばさみがあった。木犀を剪って、活けるつもりで、そのまま出奔したもののようであった。
山彦乙女 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
うちへ帰ってみると、うす暗い玄関の沓脱くつぬぎの上に、見慣れたばら緒の雪駄せったが一足のっている。馬琴はそれを見ると、すぐにその客ののっぺりした顔が、眼に浮んだ。
戯作三昧 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
軒にまつと云う電燈の出た、沓脱くつぬぎの石が濡れている、安普請やすぶしんらしい二階家である、が、こうした往来に立っていると、その小ぢんまりした二階家の影が、妙にだんだん薄くなってしまう。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)