氏郷うじさと)” の例文
信長は、茶磨山ちゃうすやまの小高い所に立ちながら、戦況を見まもっていたが、やがてうしろの旗本衆を顧みて、蒲生がもうちゅうろう氏郷うじさとを呼びたてた。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
三条局は蒲生氏郷うじさとの娘、三丸殿は信長の第五女、姫路殿は信長の弟信包のぶかねの娘、主筋の令嬢をズラリと妾に並べてゐる。
二流の人 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
天正十八年二月七日、先鋒として蒲生氏郷うじさとが伊勢松坂城を出発した。続いて徳川家康、織田信雄は東海道から、上杉景勝、前田利家は東山道からうしおの様に小田原指して押しよせた。
小田原陣 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
氏郷うじさと長可ながよし——すぐその坑道から城中へ入れ。敵は二度三度と、火薬をもって、埋めふさぐであろうが、もう容易たやすい。時移すな」
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
三条局は蒲生氏郷うじさとの妹、三丸殿は信長の第五女、姫路殿は信長の弟信包のぶかねの娘、主筋の令嬢をズラリト妾に並べてゐる。たま/\千利久といふ町人の娘にふられた。
黒田如水 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
佐久間右衛門尉うえもんのじょう信盛、池田庄三郎信輝、滝川左近将監一益、丹羽長秀なんぞの勇将が控え、以上四陣地の東方には、蒲生忠三郎氏郷うじさと、森庄蔵長可ながよし、木下藤吉郎秀吉、明智十兵衛光秀等が陣した。
長篠合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
蒲生忠三郎氏郷うじさとも、ことしもう二十歳はたちになっていた。何事か主君の意はわからなかったが、はいッと、かいがいしく答えて駈け出して行った。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
秀吉の大坂移居によって、去年その大坂から大垣へ移封いほうされた池田勝入斎信輝いけだしょうにゅうさいのぶてると、ひとりは蒲生がもう忠三郎氏郷うじさとであった。
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そしてその子氏郷うじさととともに、居城日野に堅守けんしゅのそなえを急ぎ、一方伊勢の松ヶ崎城にある信長の第二子北畠信雄へ
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
蒲生賢秀がもうかたひで氏郷うじさとの父子でさえ、その際には、思案を決しかねて、成願寺じょうがんじの陽春和尚をしょうじ、卜占ぼくせんをたてさせて、決断をえきに訊いたというほどであるから
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
氏郷うじさとの訪問後、数日経て、再び氏郷と池田勝入の名で、書状があった。
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「や、氏郷うじさとか。恐縮恐縮」
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)