暖味あたたかみ)” の例文
それが多少黄に染まって、幹に日のすときなぞは、軒から首を出すと、土手の上に秋の暖味あたたかみながめられるような心持がする。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
明智は、ピッタリと密着した相手の膝の、すべっこい暖味あたたかみを感じた。彼自身の膝の上で、グリグリと蠢く相手の指先を感じた。
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
しかし義清の眼は飽くまで小乗小愛の悩みに溺れ、彼の眼は大乗の海にも似て、満々たる涙をたたえながらも、なお仰ぐ人をして、何か洋々たる未来と暖味あたたかみを抱かしめる。
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
私の太腿ふとももと、その男のガッシリした偉大な臀部でんぶとは、薄い鞣皮一枚を隔てて、暖味あたたかみを感じる程も密接しています。
人間椅子 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
自分はこの火の色に、始めて一日の暖味あたたかみを覚えた。そうしてしだいに白くなる灰の表を五分ほど見守っていた。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
落ちついた調子のうちに、何となくぬる暖味あたたかみがあった。すべての枝を緑に返す用意のために、びたる中を人知れず通う春の脈は、甲野さんの同情である。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
骨ばかり意地悪く高く残った頬、人間らしい暖味あたたかみを失ったあおく黄色い皮、落ち込んで動く余裕のない眼、それから無遠慮に延びた髪と髯、——どう見ても兄の記念であった。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そうして、来た時よりは幾分か空気に暖味あたたかみが出来た。平岡は久し振りに一杯飲もうと云い出した。三千代も支度をするから、ゆっくりして行ってくれと頼む様に留めて、次の間へ立った。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ところが今日帰りを待ち受けてって見ると、そこが兄弟で、別に御世辞も使わないうちに、どこか暖味あたたかみのある仕打も見えるので、つい云いたい事も後廻しにして、いっしょに湯になんぞ這入はいって
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
宗助は仕立したておろしの紡績織ぼうせきおりの背中へ、自然じねんと浸み込んで来る光線の暖味あたたかみを、襯衣シャツの下でむさぼるほどあじわいながら、表の音をくともなく聴いていたが、急に思い出したように、障子越しの細君を呼んで
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
宗近君の言葉には何だか暖味あたたかみがあった。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)