“扮(つく)” の例文
葬式(とむらい)彦は一生懸命、合羽をつぶに引っかけて身軽に扮(つく)っているとは言うものの、甚右衛門は足が早い。ともすれば見失いそうになる。
それにつけても、これがわたしの精一つぱいのお扮(つく)りなんだと思ふと、妙に身窄(みすぼ)らしく自分の肩のあたりが眺められる。
散歩 (新字旧仮名) / 水野仙子(著)
叔母の一枝は、これも、若い頃未亡人になり、もう四十を一つ二つ越えてゐるのに、趣味のいい扮(つく)りも手伝つて、人目を惹くに足る瑞々しさがあつた。
落葉日記 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
「恰好を見ればわかるのね、ほんとにおしの姐さんが扮(つく)ると、どこから見たって立派な大店のお嬢さんだもの」
雪と泥 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
晩方に細君は、顔などを扮(つく)って、きちんとした身装(みなり)をして、そこへ出向いて行ったのであった。
爛 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
錦絵の人形のやうに扮(つく)つて、鯉の跳ねる音より他にない深く薄暗い窓の中に粛粛と見出してこそ艶かしい娘の姿が、炎える陽に曝されて石に躓いたり、荊を避けたりしながら
繰舟で往く家 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
「よッ。姿かたちこそ非人に扮(つく)っているが、まさしくそなたは前夜のあの町方役人じゃな」
毎日喧嘩ばかりしてゐるといひながら、矢張り亭主がくると鬘(かつら)を直してやつたり、扮(つく)つた顏を見直してやつたりしてゐた。今度の給金の事でよく小山と紛(もつ)れあつてゐたのもこの早子だつた。
木乃伊の口紅 (旧字旧仮名) / 田村俊子(著)
腹掛法被(はらがけはっぴ)に※襠(ぱっち)という鳶(とび)まがいの忍び装束で茶屋町近くに張込んでいるとこれも身軽に扮(つく)った蜻蛉の辰が人目を憚るように出て来て、東仲町を突き当った誓願寺の裏へ抜けた。
扮(つく)りの野暮つたさに拘はらず、顔だちは整ひすぎるほど整つて、瞳が黒々と澄んでゐた。
落葉日記 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
やがて、浅井が楊枝(ようじ)を啣(くわ)えて、近所の洗湯(せんとう)に行ったあとで、お増はそこらを片着けて、急いで埃(ごみ)を掃き出した。そして鏡台を持ち出して、髪を撫でつけ、鬢(びん)や前髪を立てて、顔を扮(つく)った。
爛 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)