忘却ぼうきゃく)” の例文
薄暗い神殿しんでんの奥にひざまずいた時の冷やかな石の感触かんしょくや、そうした生々しい感覚の記憶の群が忘却ぼうきゃくふちから一時に蘇って、殺到さっとうして来た。
木乃伊 (新字新仮名) / 中島敦(著)
学生はしばらく沈思ちんしせり。その間に「年波としなみ」、「八重の潮路しおじ」、「渡守わたしもり」、「心なるらん」などの歌詞うたことばはきれぎれに打誦うちずんぜられき。かれはおのれの名歌を忘却ぼうきゃくしたるなり。
取舵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
葉子は忘却ぼうきゃく廃址はいしの中から、生々なまなまとした少年の大理石像を掘りあてた人のようにおもしろがった。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
匹夫の出世ほど危ういものはないぞ。ひとのそねみ、あげつらい、みな己れが慢心まんしんすればこそなれ。汝は、中村のむかしを忘るるなよ、主君の御恩を忘却ぼうきゃくいたすまいぞ。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
一、幼少のおり、母を失ったときに、親に対して孝をつくすことができなかったが、せめて母の希望であった点は忘却ぼうきゃくせずして、遅れながらもこれを達しようと、こういう考えが浮んだ。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
「電線!」という声に、一同は先刻さっきの感電騒ぎのあったことを思い出した。そうだ、井神陽吉が男湯の中で感電して卒倒そっとうした事件は、今の今迄、恐らく皆の脳裡のうりから忘却ぼうきゃくされていたのであろう。
電気風呂の怪死事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
わざを自得し、その名が世間に認められ、したい寄る門下も、多くなればなる程、最初の一念を忘却ぼうきゃくし、己が現世の勢力を、押し広め、流派を盛んにして、我慾を張らんとし、秘伝の極意ごくいのと、事々しく
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
忘却ぼうきゃくか、はたまた、非礼か?
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)