“巷(こうぢ)” の例文
引かるゝまゝに、いぶせき巷(こうぢ)を縫ひ行きて、遂にとある敗屋(あばらや)の前に出でしとき、僕は星根裏の小き窓に燈(ともしび)の影の微かなるを指ざしたり。
水の面に小さい星のやうにうつる燈火(ともしび)もある。そのうち冷たい、濁つた、薄緑な「暁」が町の狭い巷(こうぢ)を這ひ寄つて来る。
仮装舞踏に一しよに往つて、一しよにそこから帰る時は、二人の外套の袖と袖とが狭い巷(こうぢ)で触れ合つたものである。彼誰時(たそがれどき)の空には星の色が褪め掛かる。
復讐 (新字旧仮名) / アンリ・ド・レニエ(著)
余は彼の燈火(ともしび)の海を渡り来て、この狭く薄暗き巷(こうぢ)に入り、楼上の木欄(おばしま)に干したる敷布、襦袢(はだぎ)などまだ取入れぬ人家、頬髭長き猶太(ユダヤ)教徒の翁(おきな)が戸前(こぜん)に佇(たゝず)みたる居酒屋、一つの梯(はしご)は直ちに楼(たかどの)に達し
舞姫 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
色硝子(いろがらす)濡(ぬ)るる巷(こうぢ)を
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
舟人の棹(さを)を留めたるとき、われは何處に往くべきぞと問ひぬ。舟人は家と家との間を通ずる、橋の側なる隘(せば)き巷(こうぢ)を指ざし教へつ。
第一高等學校寄宿舍の西、巷(こうぢ)に面した石垣の新に築かれてゐるのが此寺である。露次を曲つて南向の門に入ると、左に大いなる鑄鐵の井欄(せいらん)を見る。井欄の前面に掌大(しやうだい)の凸字(とつじ)を以て金澤と記してある。
寿阿弥の手紙 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
胸中の苦悶は我を驅(か)りて、狹きヱネチアの巷(こうぢ)を、縱横に走り過ぎしめしに、ふと立ち留りて頭を擡(もた)ぐれば、われは又前(さき)の劇場の前に在り。