垂衣たれぎぬ)” の例文
大正八年一月五日の黄昏時たそがれどきに私は郊外の家から牛込うしごめの奥へと来た。その一日二日の私の心には暗い垂衣たれぎぬがかかっていた。
松井須磨子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
京にのぼる供は二十人くらい、虫の垂衣たれぎぬおおうた馬上の女のすがたは、遠目にも朝涼あさすずの中で清艶せいえんを極めたものであった。
が、婆さんの行った後には、もう早立ちの旅人と見えて、とも下人げにんに荷を負わせた虫の垂衣たれぎぬの女が一人、市女笠いちめがさの下から建札を読んで居るのでございます。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
美しい垂衣たれぎぬの女性が、一少年をつれて、柳堂の陣門をみちびかれ、直義の陣幕とばりのうちへ入って行った、と——。
私本太平記:07 千早帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
未だかつてかかげられたことのない秘密の垂衣たれぎぬの背後に
袴野のいいつけで一頭の馬が用意され、すてはそれにまたがると例のうすものの虫の垂衣たれぎぬを抱えて、それを証拠に四条院のやしきと聞いたみやこに、山の塞を去って行った。
その証拠には源氏の初瀬詣はつせまうでくだりにも、虫の垂衣たれぎぬの事は見えぬさうである。私はその人の注意に感謝した。
点心 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
町の男女のあいだにはもう薄暑はくしょれ合い、白檀びゃくだん唐扇からおうぎを匂わす垂衣たれぎぬの女もあった。
私本太平記:07 千早帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
わたしは「龍」と云ふ小説を書いた時、「虫の垂衣たれぎぬをした女が一人ひとり建札たてふだの前に立つてゐる」と書いた。そののち或人の注意によると、虫の垂衣たれぎぬが行はれたのは、鎌倉時代以後ださうである。
点心 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
彼女はこの虫の垂衣たれぎぬうれしくてならなかった。