反歯そっぱ)” の例文
旧字:反齒
梯子段はしごだんを、足音をぬすむようにして、青年が一人のぼってきた。眼と口とがキワだって大きい。少し反歯そっぱの男だった。
工場新聞 (新字新仮名) / 徳永直(著)
奥山の話は榛野はんのという男の事に連帯して出るのが常になっている。家従どもは大抵菊石あばたであったり、獅子鼻ししばなであったり、反歯そっぱであったり、満足な顔はしていない。
ヰタ・セクスアリス (新字新仮名) / 森鴎外(著)
唇を漏れてはみ出している、反歯そっぱが犬の歯を想わせる。陽がたまって光っているからである。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
反歯そっぱ、ちぢれ毛、色黒、見ただけでも不愉快なのが、いきなりかれの隣に来て座を取った。
少女病 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
トラはおはぐろをつけた反歯そっぱを見せ、口をあけぱなしにしたような表情で仕事に熱中しはじめた。四年前の恐慌からこの町だけでも相当な機屋が片はじから倒産し、機械をとめている。
だるまや百貨店 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
それに反歯そっぱときてる。それだけでもう、女としてはゼロだ。眼がちょっと見られるからって、鼻が曲っていないからって、反歯の帳消しにはならない。それよりも、僕は虫がすかないんだ。
いや義経公はあまり風采の揚がらぬ反歯そっぱの小男であったことの、弁慶は三十七、八の色の白い好男子であったのと、もう何人でも反証しえないような、新事実ばかり説いていたことであろう。
雪国の春 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
惜しい事にはおっかさんにて少し反歯そっぱだが——
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
猫背ねこぜで、獅子鼻ししばなで、反歯そっぱで、色が浅黒くッて、頬髯ほおひげうるさそうに顔の半面をおおって、ちょっと見ると恐ろしい容貌ようぼう、若い女などは昼間出逢であっても気味悪く思うほどだが、それにも似合わず
少女病 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
その上に口が大変物である。俺は自信のある雄弁家だとそう披露ひろうでもしているように、やけに大きく薄いばかりか反歯そっぱでさえもあるのである。年はそちこち二十八、九か、色浅黒く肥えている。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
章子と東京の袋物の話など始めた女将の、大柄ななりに干からびたような反歯そっぱの顔を見ているうちに、ひろ子は或ることから一種のユーモアを感じおかしくなって来た。彼女はその感情をかくして
高台寺 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
反歯そっぱの女はいとど顔を長くして
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
ハッハッと大息をついているので、口がポカリとあいていて反歯そっぱが唇から飛び出して見えたが、左の側の上の歯の、二本ばかりがどうした加減か、ひときわ白く眺められて、けだものの歯を連想させた。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)