“匡(きょう)” の例文
子匡(きょう)に畏(い)す。顔渕後れたり。子曰く、吾女(なんじ)を以て死せりと為せりと。曰く、子在(いま)す。回や何ぞ敢て死せんと。——先進篇——
論語物語 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
匡(きょう)の地で暴民に囲まれた時昂然(こうぜん)として孔子の言った「天のいまだ斯文(しぶん)を喪(ほろぼ)さざるや匡人(きょうひと)それ予(われ)をいかんせんや」が、今は子路にも実に良く解(わか)って来た。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
子、匡(きょう)に畏(とら)(拘)わる。曰く、文王既(すで)に没したれども、文は茲(ここ)(吾が身)にあらずや。天の将(まさ)に斯(こ)の文を喪(ほろぼ)さんとするときは、後死者(われ)(孔子自らいう)は斯の文に与(あずか)るを得ざるべし。
孔子 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
先師が匡(きょう)の難に遭われた時、顔渕は一行におくれて一時消息不明になっていたが、やっと追いつくと、先師はいわれた。——
現代訳論語 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
匡(きょう)では暴民の凌辱(りょうじょく)を受けようとし、宋では姦臣(かんしん)の迫害(はくがい)に遭(あ)い、蒲(ほ)ではまた兇漢(きょうかん)の襲撃(しゅうげき)を受ける。諸侯の敬遠と御用(ごよう)学者の嫉視と政治家連の排斥(はいせき)とが、孔子を待ち受けていたもののすべてである。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
先師が匡(きょう)で遭難された時いわれた。——
現代訳論語 (新字新仮名) / 下村湖人(著)