判官はんがん)” の例文
唐の判官はんがんを勤めていた李邈りばくという人は、高陵こうりょう庄園しょうえんを持っていたが、その庄に寄留する一人の客がこういうことを懺悔ざんげした。
昨夜も判官はんがんは切腹に及んで由良之助ゆらのすけはまだかといっている時、背広服の男が花道を悠々ゆうゆうと歩いて、忠臣蔵四段目をプロレタリア劇の一幕と変化させた事だった。
めでたき風景 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
その右には、判官はんがんが一体、これは、誰に悪戯いたずらをされたのだか、首がない。左には、小鬼が一体、緑面朱髪で、猙獰そうどうな顔をしているが、これも生憎あいにく、鼻がけている。
仙人 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
真正しんしょうの落胤であるという事に、疑いの無い以上、そういう問答によって、顔色を変える必要は無かったが、人々は——天一坊も、附人つけびとも、越前を名判官はんがんであると信じ、その証拠物の調べにより
大岡越前の独立 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
伊勢山田奉行の大岡忠右衛門と申すは情知じょうち兼ねそなわった名判官はんがんである。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
叔父の森川庄兵衛ののぼせかたは申しあげるまでもございませんが、播磨守さまのご心配はまた格別。金助町の庄兵衛の屋敷におつめきりになり、まだかまだかと判官はんがんもどきに痩せるような思いを
顎十郎捕物帳:09 丹頂の鶴 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
広目こうもく二天が悪鬼毒竜をふみ、小栗おぐり判官はんがん和藤内わとうない悍馬かんば猛虎にまたがるごとく、ガネサに模し作られた大黒天は初め鼠を踏み、次に乗る所を像に作られたが、厨神として台所荒しの鼠を制伏するの義は
予には比企ひき判官はんがん能員よしかずの娘若狭わかさといえる側女そばめありしが、能員ほろびしそのみぎりに、不憫ふびんや若狭も世を去った。今より後はそちが二代の側女、名もそのままに若狭と言え。
修禅寺物語 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
前清ぜんしん乾隆けんりゅう年間のことだそうだ。広東カントンの三水県の県署のまえに劇場がある。そこである日、包孝粛ほうこうしゅくの芝居を上演した。包孝粛は宋時代の名判官はんがんで、日本でいえば大岡さまというところだ。
女侠伝 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)