分明はっきり)” の例文
私は知らないことを、分明はっきりと言うだけの勇気は持っていない。またその代りに、独断で彼女を悪い女としてしまうことも忍び得ない。
芳川鎌子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
しま養親やしないおやの口から、近いうちに自分に入婿いりむこの来るよしをほのめかされた時に、彼女の頭脳あたまには、まだ何等の分明はっきりした考えも起って来なかった。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「そうとも! いずれ探れば分明はっきりすることだ——それより丹下、いまは一刻も早くこの場を……!」
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
少し距離があるうえに微暗いので分明はっきりとしないが、その姿は女房そっくりであった。小八はもう宿の主翁の戒めも忘れていた。彼は起ちあがって窪地の縁を廻って岩山の腰に走って往った。
立山の亡者宿 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
午頃ひるごろ頭髪かみが出来ると、自分が今婚礼の式を挙げようとしていることが、一層分明はっきりして来る様であったが、その相手が、十三四の頃からなじんで
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
どう整理してよいか、まだ、そのわけが分明はっきりとしないものが醗酵はっこうしかけてくるのだ。だから彼女は、うっとりとしたような、不機嫌のような、押だまったままでいるのだ。
田沢稲船 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
お島をうなずかせるまでには、大分手間がとれたが、帰るとなると、お島は自分の関係が分明はっきりわかって来たようなこの家を出るのに、何の未練気もなかった。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
強い、しどい、刺戟しげきのある臭気を、香をき、鼻の穴へ香水をつけた綿をさして私が世話をすると、その時だけ意識が分明はっきりして、他の者には近よらせなかった。そしてお世辞がよかった。
待合まちあいや、料理店をはじめると、分明はっきりした区別がないので、あんな風になったと思われますから、はじめるならいっそ、みんなから見張ってもらっているこんな商業しょうばいの方が好いと思って
一世お鯉 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
参考にしたいと思う種々の切抜き記事について、間違いはないかと聞直ききなおしたのにも分明はっきりした返事は与えられなかったから、わたしは記憶を辿たどって書くよりほか仕方がなくなってしまった。
マダム貞奴 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
美に対する愛惜——そうした分明はっきりした心持ちを知らなかった時分のことではあるが、わたしはある日、呉服橋の中島写真館で、アルバムをくってゆくうちに、一枚の写真の人物に引きつけられて
大橋須磨子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
どうもまだノーノー、ヒヤヒヤが分明はっきりしないという訳なのだった。書生たちまでが一緒に並んでその稽古をやる。父はハイカラな礼服だが、朝からの祝酒いわいざけに、私が大きらいな赤黒い色になっている。
さほど分明はっきりと覚えていなかったかも知れない。
マダム貞奴 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)