“りやうど”の漢字の書き方と例文
語句割合
兩度100.0%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
悉皆(のこりなく)呼出(よびだ)され村井長庵は兩度(りやうど)の拷問(がうもん)にても白状(はくじやう)せざる事故身體(しんたい)勞(つか)れ果(はて)かゝる惡人(あくにん)なりと雖(いへど)も天(てん)定(さだま)りて人を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
其時(そのとき)に(地底探檢記(ちていたんけんき)一五七頁(ぺいじ)參照(さんせう))貝灰(かひばい)の原料(げんれう)とすべく土方(どかた)が大發掘(だいはつくつ)をして居(ゐ)たのを初(はじ)めて知(し)り、それから六月(ぐわつ)十四日(か)に又(また)一度(ど)行(ゆ)つて見(み)たが、兩度(りやうど)とも實(じつ)に大失望(だいしつばう)であつた。
右十兵衞事横死(わうし)致し候場所に道十郎所持の印(しる)し付の傘有之候に付申譯(わけ)相立難く兩度(りやうど)程(ほど)長庵と突合(つきあは)せ御調べに相成候へ共道十郎は其前より久々不快(ふくわい)故申開きも心に任(まか)せず遂(つひ)に牢死に及び候に付彌々(いよ/\)長庵が辯舌(べんぜつ)にて道十郎の罪科(ざいくわ)に相定まり死骸は御取捨(とりすて)家財(かざい)は
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)