“やまがた”のいろいろな漢字の書き方と例文
カタカナ:ヤマガタ
語句割合
山県60.5%
山形31.6%
山縣7.9%
(注)作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
「花を見るにはどっちがよかろう、伝奏てんそう屋敷か山県やまがた邸か」
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
あの謹厳な、故山県やまがた老公もまた若くて、やり踊りをおどったとさえ言伝えられる、明治十七、八年ごろの鹿鳴館ろくめいかん時代は、欧風心酔の急進党が長夜の宴を張って、男女交際に没頭したおりであった。
明治大正美人追憶 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
維新の際武名高く、その後長州に引隠して毎度東京へ出て今の山県やまがた公などを迷惑させた豪傑兼大飲家白井小助は、年不相応の若い妻を、居常きょじょう、猴と呼び付けたと、氏と懇交あった人に聞いたは誠か。
長州藩の家老山県やまがた九郎右衛門、後に男山おとこやま八幡の宮司ぐうじをしてゐた人の落魄してゐたのを引取つて、世話をしてゐたし、んなに、ぴい/\してゐても、痩我慢一つで、押通してゐた。
その二、三年前に張之洞ちょうしどうの著した有名な勧学篇などにも、大いに日本留学の必要が力説されていて、日本は小国のみ、しかるに何ぞおこるのにわかなるや、伊藤、山県やまがた榎本えのもと
惜別 (新字新仮名) / 太宰治(著)
米沢よねざわを中心とした置賜おきたまの文化と、山形やまがたを中心とした村山むらやまの文化と、鶴岡つるおか酒田さかたを中心とした庄内しょうないの文化と、この三つの異る地域がそれぞれに栄えたために、歴史が豊な手仕事を授けたのかと思われます。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
「おお、お豊か。待っていた。ここへ来な来な。さおっかさんに代わって酌でもしなさい。おっと乱暴な銚子ちょうしの置き方をするぜ。茶の湯生け花のけいこまでした令嬢にゃ似合わンぞ。そうだそうだそう山形やまがたに置くものだ」
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
編隊機けだし進むは山形やまがた列並つらなむ雁の一機さきかゆく
黒檜 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
おもて入口いりくちには焦茶地こげちやぢ白抜しろぬきで「せじや」と仮名かなあらは山形やまがたに口といふ字がしるしついところ主人あるじはたらき
世辞屋 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
そのほかの人形は——きょう伏見ふしみ奈良なら博多はかた伊勢いせ秋田あきた山形やまがたなど、どなたも御存知のものばかりで、例の今戸焼いまどやきもたくさんあります。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
山縣やまがた中將書を南洲に寄せて兩軍殺傷さつしやうさん極言きよくげんす。