“しほう”のいろいろな漢字の書き方と例文
語句割合
四方71.1%
至宝7.9%
仕法2.6%
嘴峯2.6%
士鳳2.6%
子邦2.6%
支封2.6%
支峰2.6%
枝峰2.6%
賜袍2.6%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
甲州は四方しほう山の国、思いにつけぬ人が隠れているそうじゃ。そんなことはどうでもよいが、甲州といえば、わしが生国しょうごくはその隣り。
大菩薩峠:08 白根山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
一座は、それこそ、我国に於ける化学界の至宝しほうと認められる学者たちばかりであった。
国際殺人団の崩壊 (新字新仮名) / 海野十三(著)
徳川家の世になって甲州の仕法しほうは、いっさい信玄の為し置かれたままを襲用して差支えなしということであったが、ただ一つ
翼の長さは二百二十五ミリで嘴峯しほうは九十五ミリに突き出し、頭から背部と上胸部にかけ、また翼と尾の末端は黒く、そのほかは真っ白である。
みやこ鳥 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
玄白というのは通称ですが、名は翼、あざな士鳳しほう鷧齋いさい又は九幸翁きゅうこうおうと号しました。
杉田玄白 (新字新仮名) / 石原純(著)
市野迷庵、名を光彦こうげん、字を俊卿しゅんけいまた子邦しほうといい、初め篔窓うんそう、後迷庵と号した。その他酔堂すいどう不忍池漁ふにんちぎょ等の別号がある。抽斎の父允成が酔堂説すいどうのせつを作ったのが、『容安室文稿ようあんしつぶんこう』に出ている。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
渋江氏の仕えた大田原家というのは、恐らくは下野国那須郡なすごおり大田原の城主たる宗家そうかではなく、その支封しほうであろう。宗家は渋江辰勝の仕えたという頃、清信きよのぶ扶清すけきよ友清ともきよなどの世であったはずである。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
幸にしてわたくしの近隣には、山陽の二子支峰しほうの孫久一郎さんの姻戚熊谷兼行かねゆきさんが住んでゐるから、頼家に質して貰ふことにして置いたが、未だ其答に接せない。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
これ等の連峰はまた、幾十の枝峰しほう皺襞しゅうへきを作り普賢そのものも六峰に分岐し、深いひだを作っているので、これ等を足元に見下みおろす心地よさは、全く羽化登仙の快味である。
雲仙岳 (新字新仮名) / 菊池幽芳(著)
「——せっかくのご餞別せんべつ、さらば賜袍しほうの恩をこうむるでござろう」
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)